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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2010/09/17

エジプトの王像7 ネフェルタリだけの透ける衣がアクエンアテンにも



ルクソール博物館2階にはアマルナ時代の大きな壁画が2面展示されていた。テル・エル・アマルナのものではなく、カルナックのゲムバアテン神殿を飾っていたものだった。
世界美術大全集2 エジプト美術』は、アメンヘテプ4世はテル・アル・アマールナに遷都する前に、テーベにおいても太陽神アテンのための神殿を建造した。その後、アテン信仰が瓦解し、アメン信仰が復興するようになって、アテン神のために造営された各地の記念建造物は破壊されたり、あるいは解体されたりしたという。
アマルナ様式に興味を持っていたのでテル・エル・アマルナに行くことができないのを残念に思っていた私には嬉しい驚きだった。
ところが石のブロックを積み上げた壁に描かれていたため、崩壊したものを復元すると石と石の間の絵が失われているのでわかりにくい。
壁面と柵の間には、当時の日用道具類が置かれていて、籠などは現在の物かと思うくらい保存状態のよいものだったのが印象に残っている。しかしながらそのような空間のおかげでわかりにくい壁画を遠くから眺めることしかできなかった。
従って人間の大きさに大中小の3種類があるなどというのも、図録を開いて判明したのだった。
大きい壁面の方は、いろんなものを作る人々や、列をなして物を運ぶ人々などがぎっしりと描かれていた。小さい方の壁面には、運ぶ人々や腰を屈めた人たちに混じってアクエンアテンが登場していた。しかもあちこちに。


壁画 アクエンアテンのゲンパアテン神殿出土 前1365年頃 砂岩・彩色 左右17.7m ルクソール博物館蔵
『ルクソール博物館図録』は、カルナックの東にアテン神のためにアクエンアテンが建てたゲムパアテン神殿の壁画の復元。日々の暮らしやアテン神殿での活動と共にアテン神崇拝の場面があるという。
物を運ぶ人々と、柱の傍で宗教儀式を行うアクエンアテン王の場面が幾つか見うけられる。王1人だけの儀式もあれば、腰をかがめた2人の従者を伴う場面もある。
供物を捧げ、太陽円盤の光に手を掲げて礼拝するアクエンアテン王と、太陽円盤から降り注ぐ光を浴びる王と腰をかがめ小さく表された人物が2人という場面があった。光の先端が失われているため、光線の1本1本に手が表されているのかどうか確認できない。
しかし、驚くべきことに、王の腰布から脚が透けて見える。暑いので薄手の衣服を身につけていただろうが、前14世紀には透けるほど薄い布が織られていたことになる。
そしてもっと驚くのは、透けて見えるように描く画工の技術と、透けるように描かせたいという意思がアクエンアテン王にはあったということだ。やっぱりアマルナ時代は写実的だったのかなあ。
透けた衣裳を身に着けて描かれるのは、第19王朝、ラムセスⅡ(前1290-24年)の王妃ネフェルタリだと思っていた。


ネフェルタリの墓は、ルクソール西岸、王妃の谷にある。南側の入口から急な階段を数段おりたところが前室になっている。剥落したところもあるが、白い壁に彩色豊かな壁画が多く残っている。ネフェルタリの墓内部は撮影は勿論、会話も禁止。ロープが張られているので壁に当たらないように注意して見学する。
前方に玄室への階段が見えるが、まず左側、南壁上部の小さな壁面に3体のネフェルタリが描かれている。中央のバー(日中自由に外に出て飛び回る魂)がネフェルタリの顔になっている。両側のネフェルタリは薄い衣を身につけている。襞がたくさんあるのか、重なっていない布を通してネフェルタリの腕や足が透けて見えている。
ここから右回りにネフェルタリが永遠の生命を得てイアルの野に行く過程が描かれている。『死者の書』第17章の内容が表されているようだ。
最初にセネトゲームをして、勝つと次の段階に進むことができる。
ネフェルタリの座っている椅子の装飾は、ウナス王のピラミッドの壁面装飾に似ている。椅子に掛けた布にこのような幾何学的な文様があったのだろう。先染めか後染めか気になるなあ。
また脱線してしまった。思えば、このような透ける布の表現が、突然完成された技術でネフェルタリの墓にだけ出現するというのも不思議だ。
西壁へと続く南壁の隅でネフェルタリは跪いて礼拝または賛美している。先ほどセネトゲームでネフェルタリが勝った神にお礼でもしているのだろうか。
脚もやや透けて表されている。
副室北壁ではトート神の前に立つネフェルタリが描かれている。膝下まである白い服を身に着けて、その上から透けた長布を羽織っている。
左脚と右脚では襞の向きが異なっているのは、衣の向きを考えてのことだろう。
同じく副室、西壁の南隅に描かれている。南璧には種類の異なった8頭の牛がネフェルタリの方を向いているのと関係があるのだろうか。
上腕全体に襞を作って分厚く透けない部分と、薄い生地のままで透ける部分を交互に描き出している。
残念なことに、現代のエジプトではこのように透けた布を見ることはなかった。綿ローンを無数に襞にたたんだ生地だったのだろうか。


※参考文献
「世界美術大全集2 エジプト美術」(1994年 小学館)
「ルクソール博物館図録」(2005年 Farid Atiya Press)
「The Tomb of Nefertari」(Tiba Artistic Production)
「The Tomb of Nefertari HOUSE OF ETERNITY」(John K. McDonald 1996 The J.Paul Getty Trust)