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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2010/08/14

アスワンではのんびり滞在したい


アスワンで一番行きたいところがエレファンティネ島のクヌム神殿だったが、アスワンには他に見所も多く、1泊ではもったいない観光地である。

アスワンの地図はこちら


アスワンダム上流のフィラエ島にはイシス神殿などの遺跡がある。ダムができて遺跡が浸水したために別の島に移築された。バスではなくボートに乗って行く遺跡だ。
『図説古代エジプト2』は、末期王朝時代からプトレマイオス王朝、さらにローマ時代にかけてつくられたヌビア地方を代表する美しい神殿で「ナイルの真珠」とよばれて人々に親しまれていたという。
ダム下流には古代の石切場がある。アスワンは良質の花崗岩の産地だった。完成していれば40mもの高さになっただろうといわれている切りかけのオベリスクがあるので観光地になっている。
オベリスクというのは太陽の光を表していて、継ぎ目があってはならないとガイドさん。先の方にひびが入ってしまったため放置されたと考えられているようだ。
あちこちに楔跡が目立つが、ずっと後世のローマ時代のもの。古代エジプト時代には楔を使わずに石を切り出していたそうだ。玄武岩の小さな丸い石があちこちに残っている。ずらりと横に並んで、丸い石をぶつけて切り出したのだろうと言われているらしい。
ここまでは大抵のツアーの見学コースに入っているが、他にも見所はある。

ナイルに浮かんで移動していると西岸の高い所にイスラームの墓廟らしきものがあって気になる。拡大してみると新しそうだ。
『地球の歩き方E02エジプト』は、船着き場近くの丘に見えるのがアガ・ハーン廟だ。アガ・ハーンは、イスラーム・イスマイール派の最高権威者、第48代イマーム。1959年に没した彼の墓は夫人によって建てられた。内部に入ることはできないという。
古い墓廟を復元したのではなく、50年ほど前の墓とは、新しいはずだ。
クヌム神殿の展望台からは正面に見える。近くまで行って外観だけ見るよりも、遠くから丘の上に建つのを眺める方が良いものもある。
そして展望台からは西岸のもっと奥にある遺跡も見えた。それは聖シメオン修道院らしい。
ハトレ(またはヒドラ)修道院という名前だが、後世の学者からは聖シメオン修道院と呼ばれている。聖ハトレは4世紀の修験者とされる。修道院の建物は13世紀に廃墟となるまで、何度も増改築された。保存状態はあまりよくないが、壁画が残っており、僧房や厨房もあるという。
ずっと遠くの丘の上にも遺跡があるらしいのがクヌム神殿から見えた。岩窟墳墓群と呼ばれている。
エレファンティネ島を支配していた古代エジプト、ローマ支配時代の貴族たちの墓群。ナイル川西岸の丘の北。そのなかでもサレプゥト2世(中王国時代)とヘカイブの墓がみものという。
聖シメオン修道院も岩窟墳墓群も船着き場からかなり登らないと行き着かないので、観光コースには入れにくいのだろう。


アスワンのいいところは見学地だけではない。ナイル川の小島というホテルの立地も良かった。チェックインした午後は強烈な太陽で部屋の中が高温になっていて遮光カーテンが開けられないくらいだったが、エアコンがよく効いて夜は快適だった。
早朝目覚めてベランダに出てみると、ひんやりと涼しく、湾処のようなところで漁をしている小舟を見かけた。
なんというのんびりとした光景だろうか。しかし、アップで撮ると網をしかけているのがわかって少しがっかりした。
また、アスワンのエレファンティネ島へのボート乗り場からアスワンダムに繋がる道路に沿って墓地があった。観光地ではないのでバスはスピードも落とさず通り抜けてしまったが、日干レンガでつくったのか、ドームのある古い墓廟が幾つか残っていた。トルファンで見たイスラームの墓に似ているようだった。

※参考文献
「図説古代エジプト2 王家の谷と神々の遺産篇」(仁田三夫 1998年 河出書房新社)
「地球の歩き方E02 エジプト 09-10年版」(2008年 ダイヤモンド社)