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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2010/05/11

クエルダ・セカは紀元前にも? 


クエルダ・セカという技法のタイルがあることをうっすらと知っていた頃、「四大文明 メソポタミア文明展」を見に行った。
そこにはバビロニア時代の彩釉煉瓦とペルシア時代のものがあった。そのどちらにも黒い線があって、クエルダ・セカという紀元後のスペインのタイルの技法が(とその当時は思っていた)、紀元前のメソポタミアでも使われていたことに驚いた。

歩行するライオン バビロン、行列道路の煉瓦装飾 彩釉煉瓦 高さ105㎝、長さ227㎝ 前580年頃 ルーヴル美術館蔵
同展図録は、バビロンの新年祭で王とその伴が通った「行列道路」は、全景にわたって歩行するライオンを、両側の煉瓦壁に飾っていた。各ライオンは11段の釉薬を掛けた成型煉瓦から構成された。すべて同じライオンではない。あるものは、このライオンのように白い毛並みと黄色いたてがみをもつという。
ライオンの体全体が浮彫になっていて、たてがみは小さな菱形に区切って、立体的に表現されている。それに黒い線でたてがみの毛並みを強調している。 
ペルシャの射手 彩釉煉瓦 スーサ、ダレイオスⅠの宮殿、アパダナ(謁見の間) 高さ197.5㎝、長さ80㎝ ダレイオスⅠの治世(前522-486年) ルーヴル美術館蔵
ダレイオス大王がスーサに建てた宮殿は、ペルシャの宮殿のうちでバビロニアの伝統に最も忠実だった。しかし、スーサの優れた独創性は彩釉煉瓦の荘厳なパネルにとりわけ顕著である。これらのパネルは装飾の一部を成すが、バビロンの北入口を固めたイシュタル門の煌めく正面と、同市「行列道路」を挟んだライオンの装飾から直接着想を得ている。
煉瓦の装飾は、シリカ質の地にさまざまな色の釉薬を掛けているが、宮殿のバビロニア風に建てられた部分の中庭の一つを飾っていたと推測される。
射手は、すべての人物を同じサイズで表す「等頭」法に従って描かれているが、射手の名に値する弓と箙(やなぐい)を装備し、銀の石突のある槍を左足の上に載せている。
ローブは黄色地にロゼッタ装飾があるという。 
黄色地のロゼッタ文も、箙の上から垂れ下がった何本かの紐も、黒い線のおかげで他の色と混ざらず、滲まずに焼き上がっている。  
年代的には50-100年ほどのへだたりがあるこの2つの彩釉煉瓦の間を行ったり来たりしていて、あることに気がついた。
それはライオンのたてがみの黒い線が必ずしも煉瓦の浮彫のたてがみの凹みに沿っていないこと、そして黒い線が途切れたりにじんだりしていることである。たてがみ自体が単一の黄色であるため、色がはみ出したり、混ざったりということはない。 
それに比べると射手の方は線は途切れることなく文様の縁を巡り、色と色の境界線という役目を果たして色が混ざり合っていない。
しかし、見れば見るほど黒と思っていた輪郭線は黒くなくなってきた。どちらかというと青っぽい色だったが、残念ながら図版ではその色がわからない。
そして、ロゼッタ文や、襟元や箙にある鋸歯文などに顕著だが、輪郭線が盛り上がっていて、釉薬はその凹みの中に溜まっていた。
新バビロニア(カルディア)ネブカドネザルⅡ期の彩釉煉瓦も、それを前539年に滅ぼしたアケメネス朝ダレイオスⅠ期の彩釉煉瓦も、クエルダ・セカとは異なるものだった。
しかし、色が混じらない工夫というのは紀元前にすでに行われていたのは確かである。
 

※参考文献
「四大文明 メソポタミア文明展図録」(2000年 NHK)