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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2010/04/27

イコノクラスム以前のモザイク壁画3 ラヴェンナ

ラヴェンナはたくさんの古いキリスト教会の残る町である。そしてその内部には当時の美しいモザイク壁画が残っている。
『世界歴史の旅 ビザンティン』は、ホノリウス帝が402年にミラノからこの地に西ローマの首都を移して、ライヴァル都市ミラノと競うようにして、ラヴェンナは多くの聖堂を5世紀に建造した。西ローマ滅亡(476年)後は東ゴート族によってイタリアの首都とされ、540年にはビザンティンがこの地を征服し、7世紀半ばにランゴバルド族の手に落ちるまでビザンティンの勢力下にあった。皮肉なことにラヴェンナは7世紀にビザンティン帝国領からはずれたために、5・6世紀のきらびやかなモザイクが今日に伝わることになったという。

ガッラ・ブラチディア廟堂天井 424-450年
『ビザンティン美術への旅』は、ラヴェンナに都を移したホノリウス帝の妹ガッラ・ブラチディアは、帝の死後、帝位を引き継いだ。その廟堂(マウソレウム)と考えられる建築は、十字形のプランを採り、424-450年の間に建立された。紺青の空には金色の星が散りばめられ、中央にはキリストの再臨を象徴する黄金の十字架が表されるという。
『世界歴史の旅 ビザンティン』は、ガッラ・ブラキディア(伊プラチーディア)の墓廟と通称されるが実際はそうではない。女帝によってサンタ・クローチェ聖堂(現存せず)付属の葬礼礼拝堂として建立されたが、女帝自身はおそらくローマに埋葬されたという。
この建物は5世紀の第2四半世紀というラヴェンナで最も早い時期に造られたためか、緑色は主要な場面の描かれた壁面にはあまり使われていない。むしろアーチの内側の花綱や幾何学的な文様に金と緑が多用されている。
アーチの内側のモザイク装飾はイスタンブールのアヤ・ソフィア(537年頃)、テサロニキのアヒロピイトス聖堂(5世紀)にも見られる。いずれもこのような周辺の面にさえ、1つ1つモティーフも替えて荘厳している。モザイクの壁面で更に感じるのは柔らかさである。それは『ゆらぎ モザイク考』で浅野和生氏のいうバラツキかも知れないが、壁面と壁面の境目が角が立たず、曲面になっていることで生まれる柔らかさではないだろうか。
四福音書家と天使 大司教館付属礼拝堂天井 494-519年
『ビザンティン美術への旅』は、テオドリクス治下の494-519年の間に献堂された。トンネル型の穹窿が交叉する接線上に天使の立像が配され、中央部のメダイヨン(円形の枠)を支えているという。
それぞれの天使の足元に緑の大地が表されている。ガッラ・ブラチディア廟堂でも地面付近は少し緑が使われていた。緑は大地を表す色だったのだ。
キリストの洗礼 アリウス派礼拝堂ドーム 500年頃
東ゴート王国時代のもので、テオドリクスがアリウス派の信仰を有していたことから、アリウス派礼拝堂と呼ばれる。500年頃の建設。「空の御座(からのみくら)」を、使徒ペテロとパウロの間に配しているという。

十二使徒は緑の大地にしっかりと立っているが、中央のキリストの洗礼とは何の関係もないかのようだ。緑の大地の幅が広くなって金と緑の組み合わせが目立ってきた。
サン・ヴィターレ聖堂 内陣天井モザイク 547年
『光は東方より』は、アプシスとその手前の内陣は、壁から天井までの全面がモザイクで飾られている。天井の頂点では、4人の天使たちが子羊のメダイヨンを掲げるという。

天井を対角に花綱が4分割して、金地に緑あるいは緑地に金でアカンサス唐草を表している。
もうほとんど全面が金と緑に覆われているといっても過言ではない。緑はもはや大地を表しているのではない。それほど金と緑の組み合わせが好まれたのだろう。 
マギの礼拝 サンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂身廊 6世紀
『ビザンティン美術への旅』は、テオドリクス時代の部分とユスティニアヌス時代の改変の部分が混在するという。
6世紀初頭か中葉か。緑の大地の面積が広い方が時代が下がるのだとすれば、マギの礼拝部分はユスティニアヌス時代になるが、花を見ていると聖母子と天使の方が後補のようだ。一概に緑の面積で時代を決められない。 

キリストの変容 サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂 後陣 549年
『世界歴史の旅 ビザンティン』は、身廊側面の装飾は後代のもので、東壁面のみに古いモザイクが残っている。アプシスのコンク(四分の一球形)と、その下の窓の間に立つ四司教が創建当時のモザイクであるという。
後代のものにしてもオリジナルに倣い明るい緑色がかった壁面装飾になっている。
『光は東方より』は、聖アポリナリス、ラヴェンナの初代の司教で、正面を向いて両手を挙げた、いわゆる「オランス」のポーズをとる。この出来事を私たちに語ると同時に信徒の祈りをキリストに取り次ぎ、いわば天井とこの世との仲立ちをしているようだ。その足元に歩み寄る羊たちは信徒を表しているのだろうという。 
撮り方によってこんなに色調が違うものかと思う。緑の大地がかなりの部分を占めているのは、「キリストの変容」だけではなく、聖アポリナリスの業績を讃えるためだったのだ。 
このようにラヴェンナの教会内は金色と明るい緑色が美しい。この色の組み合わせは、イコノクラスム以降ほとんど見られなくなるので、初期ビザンティン美術の特徴だろう。
イコノクラスム以前のモザイク壁画2 破壊を免れたもの
              →イコノクラスム以前のモザイク壁画4-「ゆらぎ」は意図的に

関連項目

イコノクラスム以前のモザイク壁画7 パナギア・アヒロピイトス聖堂1 モティーフいろいろ
イコノクラスム以前のモザイク壁画6 アギオス・ディミトリオス聖堂2
イコノクラスム以前のモザイク壁画5 アギオス・ディミトリオス聖堂1
イコノクラスム以前のモザイク壁画 聖像ではないので

※参考文献

「ビザンティン美術への旅」(赤松章 益田朋幸 1995年 平凡社)
「世界美術大全集6 ビザンティン美術」(1997年 小学館)
「NHK日曜美術館名画への旅2古代Ⅱ中世Ⅰ 光は東方より」(1994年 講談社) 
「ゆらぎ モザイク考-粒子の日本美」(2009年 INAX出版)
「世界歴史の旅 ビザンティン」(益田朋幸 2004年 山川出版社)