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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2009/05/26

エジプトの粒金細工よりも

 
粒金細工について『知の再発見双書37エトルリア文明』(以下エトルリア文明)は、紀元前2000年代初めのエジプトにもこの技術は見られるとあったので探してみた。

ラムセスXI世の銘入り耳飾り 金 幅4.8㎝長16.0㎝ アビドス出土 新王国第20王朝時代(前1170-1070年) カイロ考古学博物館蔵
「四大文明エジプト文明展図録」(以下エジプト文明展図録)は、アビドスにあるオシリス神殿の至聖所の下の石棺に埋葬された、女性のミイラとともに発見された。デザインは、日輪を戴く聖蛇ウラウエスを組み合わせたもの。上部は5匹のウラウエスが付けられた円盤と、有翼日輪を線刻で表した長方形の部分からなり、裏面には、新王国第20王朝10代目の王ラムセスXI世の王名が刻まれているという。
残念ながら、粒金についての記述がないが、金の粒を組み合わせて三角形を形成しているのは明らかだ。三角形の頂点の金の粒が浮いているものもある。地金に金の粒を1つ1つ鑞付けしていったのではなく、金の粒どうしを鑞付けしながら三角形を作って、それを地金に鑞付けしたのだろうか。
また有翼日輪は、図版を見る限り土台に線刻したのではなく、金を薄くのばした板を透彫にして土台に貼り付けているようだ。上側の翼の端が浮いているのが見えるのだが、この程度の厚さのものは当時金箔と見なしていたかはわからない。  ティイ像頭部 アル・ファイユームのグラーブ出土 
『ビジュアル考古学1ファラオの王国』は、アメンヘテプ3世の妃であり、アメンヘテプ4世の母という。
『エジプト文明展図録』も『黄金のエジプト王朝展図録』も、前1400年頃、アメンヘテプ3世の頃王朝の絶頂期を迎える としているので、ティイ像は前14世紀前半だろう。
何故か左右非対称で、左耳の耳飾りだけが見えるように作られている。耳飾りには2匹のウラウエスが付けられていて、髪に見え隠れする日輪の前にウラウエスの小さな頭部があって、それが金の粒のように見える。  ハトホル女神のブレスレット 金 径7㎝ 出土地不明 新王国第18王朝(前1567-1320年頃) カイロ考古学博物館蔵
『黄金のエジプト王朝展図録』は、古代エジプトの人々は、上腕部や手首にさまざまな腕輪をつけていた。当時の装身具職人たちの腕前は一級であり、金属の板を輪にして作ったものもあれば、ビーズを連ねたものもあった。この腕輪は、2本の中空の金管をねじり合わせて作られている。両端は、角の間に日輪を頂く雌牛、すなわたハトホル女神の頭部をかたどっているという。
角と日輪の間に金の粒がならんでいる。中央に稜線が通っていて、額の左右に3つの丸い輪を作ってそれぞれに金の粒を1つずつ鑞付けしているように見える。そして大きな日輪を戴く 小さなウラウエスの頭部もひょっとして金の粒ではないだろうか。
結局エジプトでは前2000年代初の粒金細工を確認できなかった。しかし、もしその図版が見つかったとしても、ウル王墓出土の黄金の短刀の方が前2600-2500年頃とずっと古いので、今の段階では、粒金細工はメソポタミアで発明されたということになる。

※参考文献
「ビジュアル考古学1 ファラオの王国」(編集主幹吉村作治 1998年 NEWTONアーキオ)
「知の再発見双書37 エトルリア文明」(ジャンポール・テュイリエ著 1994年 創元社)
「世界四大文明 エジプト文明展図録」(2000年 NHK)
「黄金のエジプト王朝展図録」(1990年 ファラオ・コミッティ)