お知らせ

忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2007/01/15

騎馬像を探して遡る2

8 青銅冑 前8世紀 アルメニア、カルミル・ブルル出土 エルミタージュ美術館蔵
ウラルトゥ最盛期の王の一人、アルギシュティ1世の銘が刻まれ、 ・略・ 後頭部からこめかみにかけての部分も2段に区画され、そこには馬に乗り円形の盾を持つ戦士10騎と2頭立ての戦車8台が描かれている。これらの装飾は、ウラルトゥ独特の打ち出し技法によるものであると三宅裕氏はいう。

鞍はつけていないようだ。9 円筒印章と印影 騎馬狩猟図 前8から7世紀 出土地不明 エラム新王国時代 大英博蔵
馬上の人物は長い槍を持ち、目の前にいる獲物に構えている。鞍はなく、両足はぶらさがっている。
10  馬形リュトン 前8から7世紀頃 イラン、マクー出土 テヘラン、イラン・バスタン博物館蔵
世界美術大全集東洋編16西アジア』は、鞍褥(くらしき)には山羊やネコ科の動物、鳥、植物を意味するらしい円文などがちりばめられ、房飾りのついた織物やフェルトの布地を示しているという。
マクーはイラン北西の深奥部、アルメニアとトルコの近くに位置する。 鞍状のものが描かれている。フェルトか絨毯やキリムのようなものだろうか。
11 バラワト門青銅製装飾帯 前848年頃 イラク、バラワト出土 大英博蔵『世界美術大全集東洋編16西アジア』の渡辺千香子氏の解説をかいつまむと、シャルマネセル3世の治世1年目(前858年)に、フェニキアから貢ぎ物が献上される場面を表現している。その場面の中に、貢ぎ物を運ぶフェニキア人を迎えるシャルマネセル3世の後方に、アッシリア軍隊が列をなしており、割合前に騎兵が登場している。鞍はつけていない。
下図下側の装飾帯に鞍あるいは四角い布をつけた騎馬像があるという。
同王治世7年目(前852年)にヴァン湖に近いティグリス河の水源地に遠征したときの様子が表されていることがわかる。鞍状のものを使って馬に乗っているのはシャルマネセル3世だ。 このように、地位によって鞍(鞍状のものも含む)をつけたり、つけなかったりしたようだ。
蛇足だが、ヴァン湖の東側に8の青銅冑が出土したウラルトゥがあった。
12 アッシュルナツィルパル2世の牡牛狩り 前875-860年 イラク、ニムルド北西宮殿B室出土 大英博蔵
牡牛狩りする王が乗る3頭立ての戦車の後ろに描かれた2頭の馬と1人の人物は、騎馬像と思って取り上げたが、よく見るとこの人物は馬にまたがってはいない。手綱も持っていない。しかし、両足は馬の腹部に見えている。馬は鞍、あるいは端に房のある絨毯のようなものが掛けてある。「世界美術大全集東洋編16西アジア」では渡辺千香子氏は王が後ろを向く二等辺三角形に近い構図について詳しく記しているが、騎馬?像については解説されていない。
13 騎馬人物水注 ルリスタン 前1千年紀前半 中近東文化センター蔵
『古代イラン秘宝展図録』は、彩文によって頭絡、胸繋らしきもの、また馬の背には布らしきものが描かれている。古代イランには馬形のリュトンは比較的多く知られており、それらの背部にも布が描かれていることが知られている。本作品のように騎馬人物形のものは稀であろう。人の顔の表現を見ると、大きな鼻、円形の目といったルリスタンの特徴的な表現が見られ、また馬に掛けられた布に記されている同心円文や水平梯子文からルリスタンから出土した可能性を第一に考えたいという。

ルリスタンはイラン西方、ザクロス山脈西部に位置する。鐙に届かないくらい大きな馬に一度乗っただけなのでよくわからないが、鐙がないときは足をこのように折り曲げることができるのだろうか。騎馬像はだいたいこのあたりまでだろうと思っていた。
しかし、『地域からの世界史6内陸アジア』は、中央アジアでアンドロノヴォ文化第3期(前12から9世紀)に乗用の馬をもつ遊牧民の活動が開始され、第4期(前9から8世紀)には馬のもつ機動力を利用して、多数の羊、山羊、馬を飼育する遊牧社会の成立がみられた。遊牧民たちはやがて西方へとその活動の範囲を広げ、古代オリエントから鉄器文化を摂取するとさらに急速な発展をとげ、強力な遊牧国家を誕生させたという。

ところが、もっと古い時期に馬に乗る人物の像が見つかって驚いた。

14 テラコッタ馬上人物 キクラデス諸島又はキプロス 前2千年紀 中近東文化センター蔵
これまで見てきた騎馬像は、ティグリス・ユーフラテス河の北側に走るザクロス山脈の各地から出土していた。どうやらこのあたりが騎馬像の最も古いものかと思っていたが、もっと古い時代にエーゲ海島嶼部にも馬に乗る人物が表されていた。しかし、人物は馬に乗っているが、またいではいない。クレタの牛飛びという曲芸に近いのではないかと思う。
15 銅・鉛製小群像 イラン、ケルマン出土 前3から2千年紀 中近東文化センター蔵
こちらの方がもっと古かった。これも騎馬というよりも曲芸に近いもののようだ。ケルマン州はイラン南東部。
このように前1000年を超えるものは騎馬ではなく、曲芸とみなしてよいと思う。鞍あるいは鞍状のものは思ったよりも早くから使われていることもわかった。
では、鐙はいつ頃から使われるようになったのだろうか。

※参考文献
「古く美しきもの」 1993年 中近東文化センター 
「地域からの世界史6 内陸アジア」 間野英二他 1992年 朝日新聞社
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」 2000年 小学館
「古代イラン秘宝展図録」 2002年 中近東文化センター他