芬皇寺の境内で頭頂部まで見ようと思ったら、北側からになるかも。
芬皇寺は善徳女王の634年に創建された。模磚塔は唐の磚塔に似せて割石で造られた。それくらい唐では磚塔が流行していたのだろう。
芬皇寺の南には新羅王が5代にわたって造り続けた皇龍寺があった。その塔は九層木塔で80mあまりの高さがあった。645年に完成したというから、模磚塔よりも後のことだ。
最初は木塔が造られ、その後模磚塔が造られるようになり、その後三層石塔が造られるようになったのだと思っていたので、足をすくわれた心地だ。
679年に完成した四天王寺も木塔だったことから、模磚塔は、木塔があちらの寺こちらの寺で造られている時代に、例外的に造られたものかも知れない。




玄宗皇帝(在位712-56)の勅願で建立された開元寺の磚塔は九層だが、各層にある開口部は四角形だ。これは芬皇寺の模磚塔よりも100年近く下るものだが、7世紀にこのような四角形の開口部がなかったとはいえない。

※参考文献
「中国仏塔紀行」(長谷川周 2006年 東方出版)