正倉院展では年々ヤツガシラが表された作品の出陳が少なくなっていくようで寂しい。今年も目を凝らして探したが、結局「木画紫檀双六局」だけだった。
木画紫檀双六局 もくがしたんのすごろくきょく 双六盤 北倉
縦54.3横31.0高16.7
『第64回正倉院展目録』は、長方形の盤面に立ち上がりをめぐらし、盤の下に床脚を付けた姿で、床脚には長側面に2箇、短側面では1箇の格狭間を開け、脚の下に畳摺を回している。木胎(材は不明)の上にシタンの薄板を貼る構造であり、盤面や立ち上がり、脚の外側、畳摺は木画で装飾している。木画とは装飾する面に文様の形を彫り込み、象牙、獣の角、金属、種々の色の木材などを象嵌する技法で、本品ではツゲ、シタン、コクタン、象牙、緑色に染めた鹿角のほか、モウソウチクかマダケと推定される竹が用いられている。盤面は、長辺側は中央に象牙で三日月を表し、その両側に木画で花文を六つずつ表している。短辺側には中央に花文を一つ置いている。立ち上がりの内側には木画による折枝風の唐草文様を表している。立ち上がりの外側から床脚の外側にかけては一部に鳥を交えた華麗な唐草文様を飾っており、本品でもっとも見応えのある部分となっている。畳摺は上面に四弁花文、側面に小花文を飾っているという。
その長側面、格狭間の間の床脚にヤツガシラはいた。このヤツガシラは、今まで正倉院展で見てきたなかでは最大の部類に入るのではないだろうか。
「鳥を交えた華麗な唐草文様」のこの鳥がヤツガシラだ。
ゆったりと渦を描く蔓は、下で一本の茎に戻らず、厳密な左右対称の唐草文様となっている。
しかしながら、長側面の一つではヤツガシラは右側の茎をくわえ、もう一方の長側面ではもう一羽のヤツガシラが左側の茎をくわえて、左右対称の均衡を破っている。
この辺りに「和」或いは「倭」の嗜好、和様が出ているようでて面白い。
大きいとはいっても、薄暗い会場の中でヤツガシラの細部を見るのは容易ではない。
近年、鑑賞する人が理解し易い工夫が見られ、作品の近くの壁に拡大写真パネルが掛けられることが多くなった。
この作品ではこのヤツガシラ付近を大きく写し、木画の様子が分かり易いようにしてあった。それでも冠羽の細部までは確認できなかった。
目録に大きな図版があったのは幸いだった。
冠羽は黒、続いて白で終わっている。
ヤツガシラは、日本では実家の庭に一瞬降り立ったのを見たことがあるが、海外に行くと割合に見かける鳥だ。ただ、警戒心が強いので、カメラに収めること自体が難しく、やっととってもピンボケになってしまう。
アブシンベル神殿からの帰り、アスワンハイダムに沿った道では、驚いたことに、ヤツガシラが人の近くに平気で降りてきて、虫を探して歩き回っていた。
冠羽を広げたりもしていたような気もするが、やっとピントの合ったものは斜め後ろ向きで、しかも冠羽はしっかりと閉じている。しかし、木画のヤツガシラのように先が白くはなく、黒いように見える。
『山渓カラー名鑑日本の野鳥』は、頭に先の黒い大きな冠羽のある、上半身が黄褐色の鳥。ユーラシア大陸とアフリカの熱帯から温帯で広く繁殖する。日本には稀に旅鳥として春秋に飛来し、春の記録が多い。
冠羽はふだん寝かせているが、驚いた時などには立てることもあるという。
同図鑑でやっと冠羽を広げたヤツガシラの画像を発見。
八つどころか十以上の羽根を扇のように広げている。それらの羽根は白、続いて黒で終わっている。
咸陽郊外の唐の順陵でもヤツガシラは見かけたので、当時都があった長安(現西安)でも普通にいる鳥だったはずだ。
日本ではあまり見かけない鳥なので、唐からの将来品を見て真似ているうちに、白と黒の順番が入れ替わってしまったのだろう。
正倉院にはもう1点、木画で表されたヤツガシラがある。
紫檀木画槽琵琶裏面 南倉
やはり白と黒が実際のヤツガシラとは反対になっている。
一点でもいいから、毎年正倉院展ではヤツガシラを見たいものだ。
関連項目
第63回正倉院展1 今年はヤツガシラが少ない
第62回正倉院展1 今年のヤツガシラ
今年も正倉院展にヤツガシラ
正倉院展の楽しみはヤツガシラ探し
※参考文献
「第64回正倉院展目録」 奈良国立博物館 2012年 財団法人仏教美術協会
「第61回正倉院展目録」 奈良国立博物館 2009年 財団法人仏教美術協会