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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2010/06/01

世界のタイル博物館8 エジプトのタイル

世界のタイル博物館にはエジプトのタイルもあった。

ヒエログリフ文施釉タイル エジプト出土 前13世紀頃 49~64X39~44 世界のタイル博物館蔵
『世界のタイル日本のタイル』は、前1400-1300年頃、エジプトで、さまざまな釉を用いたファイアンス、象眼タイル、多彩色タイルなどがつくられるという。
メソポタミアでみてきた彩釉レンガと比べるとかなり小さく薄い。どちらかというとタイルと聞いて思い浮かべる大きさで厚さだ。そして文様がヒエログリフだけで線刻して凹みに色釉を充填したような感じだ。   
エジプトのタイルは他でも見たことがある。 

捕虜の図タイル テーベ、ラメセス3世葬祭殿跡(メディネト・ハブ)出土 第20王朝(前1160年頃)
『世界美術大全集2エジプト美術』は、この多色ファイアンスのタイルは、テーベ西岸に築かれたラメセス3世の葬祭殿から出土した。元来、建造物の一部に嵌め込まれていたと思われる。これらのタイルには、エジプト周辺の異民族がそれぞれの民族衣装をまとい、自由を奪われた不自然な姿で描かれていて、異民族の捕虜たちを表す構図の一部であったと思われる。第19王朝時代になって多色ファイアンスのタイルにこの構図が描かれ、建造物、とくに玉座付近の王がしばしば踏みしめることになる足元近くに嵌め込まれるようになったという。
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、捕虜の形を浮き彫りにした地タイルの上に色を載せて焼成したものだが、発色が美しく、かつ色同士のにじみが少ない。当時のタイル製作技術の高さ、とりわけ温度調節管理の妙を感じさせるという。
色釉を溶ける温度の高い順番に付けては焼き、付けては焼きを繰り返したということだろうか。   
植物文ファイアンス装飾 カンティール出土 新王国第19王朝時代(前1279-1212年頃)    
ファイアンスタイルを多用した建築物としてはラメセス2世(前1279-1212年頃)がカンティールに築いた王宮址。植物文様の壁面装飾がある。多色タイルを帯状に連ねて恐らく王宮のボーダー飾りとして使われたもので、青ロータス(蓮)の花は緑と青、赤、黄で彩色され、隣には薄青色の葡萄や白い花弁の花が黄色地のタイルに埋め込まれている。これは古王国時代から続く手法を踏襲しているもので、部分的に貼りつけたり、地タイルの上に他の色のファイアンスを焼きつけて製作しているという。
かなり複雑な工程があるようだが、黒い輪郭線は見られない。 
葦間の仔牛タイル アマルナ出土 新王国第18王朝アマルナ時代(前1352-1336年頃) ルーヴル美術館蔵
アマルナ時代にとりわけ好まれたフリーハンドによるファイアンスタイル作りは自由な自然の美を観る者に訴えかけている。白い四角の地タイルに顔料を加えたファイアンス原料を絵画のように棒または筆状のもので描き、焼成している。構図の輪郭はマンガンで描かれ紫がかった黒色を呈しているという。
透明な薄茶色が釉薬なのか経年変化なのかわからないが、その色と緑色が輪郭線からはみ出している。
現在のところ、エジプトで多色ファイアンス・タイルは前14世紀のものが最も古い。
メソポタミアで最も古い例は、アッシュール出土の神殿前面を飾る彩釉煉瓦積みパネル(前12世紀)だが、『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、すでに長い経験を経た完成度を感じさせる作品であると、それ以前から行われていたことを示唆している。

どちらが早いのだろうか。
    
※参考文献
「世界のタイル日本のタイル」(2000年 INAX出版)
「世界美術大全集2 エジプト美術」(1994年 小学館)
「砂漠にもえたつ色彩 中近東5000年のタイル・デザイン展図録」(2001年 岡山市オリエント美術館)