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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2014/09/05

蓮華座6 中国篇



三国時代の韓半島へ仏教や仏教美術を伝えたのは中国である。
『小金銅仏の魅力』は、 ほぼ同時代に並存した高句麗・百済・新羅により成る三国時代の仏像は、気候と風土によって各々 異なる地域的様式を見せている。しかし、いずれも同じ文化的基盤の上に立ち、中国の北魏・東・西魏・北斉・北周の作風を取り入れて発達したので、三国の様式的特徴は一つの傾向をしめすものであって、固定的ではないという。

一方、日本の仏像はその韓半島三国時代から影響を受けて造り始められたが、法隆寺献納金銅仏(東京国立博物館蔵)には初唐期の影響を受けた像もある。

178号観音菩薩立像 7世紀後半 36.9㎝ 
同書は、右足をわずかに踏み出しながら体をひねった動きのある姿勢で、幅広の蓮華座上に立つ。中国初唐様式の影響を受けた新しいもので、鋳造技法もかなり進んだ精巧なものという。

単弁の受花と複弁の反花を組み合わせた蓮華座に立っている。

韓半島や日本に影響を与えた中国の仏教美術の中で、蓮華座につい初唐期から遡ってみると、

初唐(618-712)

仏坐像 永昌元年(689) 石灰岩 42.3㎝ 京都国立博物館蔵
同書は、宝珠形の頭光を負い、蓮華座に結跏扶坐する如来像を、背後に壁のように広がる分厚い蓮弁形の光背に表す。台座の蓮弁が大きく伸びやかで、気宇の大きさが窺える。銘記には高宗を指す「天皇」と則天武后を指す「天后」の語がみえるという。
受花は単弁で、何かが描かれていた痕跡がある。ひょっとすると、橘夫人念持仏脇侍の受花のようなパルメット文だろうか。
一方反花は複弁で、唐に入ると様々な蓮弁が寄進者の好みで組み合わされたのだろう。

隋(581-618)

菩薩立像 銅製 像高36.6㎝ 山東省博物館蔵
隋時代の仏像は装飾的になるが、この像で目を惹くのは何と言っても立体的なパルメット文のような透彫のある光背だ。立体的なだけでなく、文様帯の枠から勢いよくはみ出している。切りとってしまったが。反花の下にも同様の透彫のある台座が付いている。
足元の蓮華座も、複弁の反花の先が跳ね返っている。
この像のように、蓮肉が高い場合、たいていは逆円錐形になっているが、この像の蓮肉は半球形である。
尚、この菩薩のX状瓔珞についてはこちら

金銅楊柳観音菩薩立像 高さ12.3㎝ 浜松市立美術館蔵
『金銅仏展図録』は、抽象的とも見える左右対称を基調とした北魏後半期の造像様式から写実彫刻に移行する過渡期の作品と認められるという四脚座の上に八角座を重ねた台座や大きな透かしを入れた光背の形式にも新しい造形の息吹が感じられる。なお、光背は透かしの上部が欠けているのは、鋳造時に湯が廻らなかったためとされるという。
同じ隋時代の仏像とは思えない像で、反花も幅広の素弁である。

金銅菩薩立像 高さ24.3㎝ 永青文庫蔵
『中国の金銅仏展図録』は、現在残る台座の請花部まで全体を一鋳とする。腰は左に捻り、ふくよかな顔に釣り合って体軀は細身ではないが、立体感はまだ出ていず、衣に覆われているという。
素弁の受花が三重に開いている。

北周(556-581)

釈迦三尊像 天和元年(566) 黄花石 37.6㎝
蓮華座の両脇に獅子がいて、しかもそれぞれ蓮華座に乗っている。脇侍菩薩は獅子の上に立つという風にも見えない。
中尊は裳懸座に結跏扶坐し、下方に素弁の受花と複弁の反花の蓮華座がある。頭光の蓮弁と共に大きな花弁に表される。
蓮華座を調べていると、三尊像の両脇侍というものは、左右で着衣や瓔珞などの装身具の表現が異なっているのが一般的なようで、この像でもそれが窺える。作り手の遊び心だろうか。 


観音菩薩五尊像碑 保定5年(565) 砂岩 58.6㎝ 大阪市立美術館蔵
『中国の石仏展図録』は、梁上に宝珠を置く帷幕龕(いばくがん)の天地いっぱいに長袂衣を着る菩薩立像を表し、傍らに比丘立像4軀を刻むという。
垂幕の襞と呼応するかのように、小さな素弁が台座に並んでいる。

北斉(550-577)

菩薩立像 武平3年(572) 金銅 高さ20.5㎝
『中国の石仏展図録』は、幅広の魚鰭状天衣とX字状天衣を見せる。天衣の魚鰭状とX字状を組み合わせることは、わが国では法隆寺金堂釈迦如来の脇侍菩薩に初出し、それは北魏~東・西魏の影響であると言われるが、本国では北斉までも依然として行われていることが分かるという。
法隆寺金堂釈迦如来の脇侍菩薩はこちら
着衣がかなり横に広がって装飾的なのに対して、蓮華座は線刻で子葉を表したと見られる、簡素な反花となっている。

観音菩薩立像 天保5年(554) 金銅 富岡美術館蔵
『中国の石仏展図録』は、北魏以来の花形の冠はここでは五弁を表している。冠帯を上方に向けて張り出し、曲線的に下ろす優雅さ。肩に円形飾り。逆火頭形の首飾り、X字形に交叉する瓔珞。天衣の肩から下りる部分と脚の脇でラッパ形の開口を表したり、天衣先を渦巻にするなど、一風変わった表現を行う。瓔珞や天衣のあしらいには新しいものが見られ、隋への様式の変化を知る上の基準作となるものであるという。
しかし、蓮華座には大きく厚みのある素弁の反花が並んでいる。

東魏(534-550)

観音菩薩立像 菩薩三尊像うち 56.8㎝ 武定7年(549) 大阪市立美術館蔵
『中国の石仏展図録』は、
広く低い蓮台に立つ。反花は子葉が高く表され、着衣の浅浮彫とは対照的だ。

菩薩立像 銅製鍍金 高さ8.0㎝
同書は、冠帯は張りだして垂れるこれまでのタイプであるが、それが顔に接している。肩には円形の飾りが小さく残っており、逆火頭形の頸飾、両脇の垂髪、段々に重ねた天衣先、X字に交叉する天衣、そして左手に持つ宝器-これらは北魏から東魏にかけて流行した三花冠タイプの特色である。右下の枘はこの像が三尊の左脇侍であったことを示すか?という。
蓮華座には細めの素弁が並ぶが、三尊像だったとすると、この蓮台の下にも龍や蓮華の茎などが表されていたのかも。
それについてはこちら

北魏(386-534)

観音菩薩立像 正光2年(498) 銅造鍍金 高さ27.5㎝ 河北省出土 静嘉堂文庫美術館蔵
『金銅仏東アジア仏教美術の精華展図録』は、重厚な着衣表現に重点を置いた北魏後期様式の典型的作例である。
光背はゆらめくような火焔・連珠文の縁取り・二重蓮弁を入れた頭光などの装飾意匠で充填される。蓮座は痩躯の像に対応するかのような鋭い複式蓮弁という。

如来立像 太平真君4年(443) 銅製鍍金 高さ53.5㎝ 
『小金銅仏の魅力』は、北魏金銅仏最古の紀年銘像で、スケールの大きな逞しい造形と肉体の起伏にあわせた着衣の写実的表現には。ガンダーラに起源をもつ中央アジアの彫像からの影響が考えられる。ここにみえる蓮台と四脚座の組み合わせは、この後登場してくるという。
どうやら蓮華座に立つ小金銅仏像の現存最古のものに行き当たったのかな。しかも、その蓮弁はすでに複弁になっている。

吹笙飛天像 銅造鍍金 高さ11.3㎝
『中国の金銅仏展図録』は、大きな三弁の蓮台上、二枚の蓮葉の間で笙を吹く愛らしい飛天。天衣は翻り、上方はパルメットとなるという。
大きな素弁が真下に垂れている。
飛天の両横にある2枚の葉は、蓮葉を3つに折りたたんだものにも見えないが、中尊の蓮華座から出た蓮茎が複数に分かれ、その先についた蓮葉で脇侍菩薩の蓮台を支えるという形式に繋がるものかも。

如来立像 青銅 和泉市久保惣記念美術館蔵
古拙さが目立つ像である。台座の反花も線刻で菱形のものが並ぶ。
複数の文献で如来とされているし、頭髪が如来形である。しかし、天衣はないが、逆火頭形の首飾りを付けているのは気になる。あまり仏菩薩の特徴を知らない人物の作なのだろうか。

複弁はすでに北魏時代前半に出現しているが、時代が下がっても素弁や単弁も登場する。蓮弁は時代に関係なく、好みで作られたようだ。

     蓮華座5 龍と蓮華←        →蓮華座7 中国石窟篇

関連項目
蓮華座1 飛鳥時代
蓮華座2 法隆寺献納金銅仏
蓮華座3 伝橘夫人念持仏とその厨子
蓮華座4 韓半島三国時代
蓮華座8 古式金銅仏篇
蓮華座9 クシャーン朝
蓮華座10 蓮華はインダス文明期から?
蓮華座11 蓮華座は西方世界との接触から

※参考文献
「中国の石仏 荘厳なる祈り展図録」 1995年 大阪市立美術館
「金銅仏 東アジア仏教美術の精華展図録」 2004年 泉屋博古館
「中国の金銅仏展図録」 1992年 大和文華館