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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2014/01/07

イコノクラスム以前のモザイク壁画5 アギオス・ディミトリオス聖堂1


アギオス・ディミトリオス聖堂には、6世紀と7世紀のモザイク画が残っているという。それはイコノクラスム(聖像破壊運動、726-787年、815-843年)以前のモザイク壁画として貴重である。イコノクラスムの嵐が東ローマ帝国内を吹き抜ける中、首都コンスタンティノープルから遠いとは言えないテッサロニキの街にあって、よく残ったものだ。

『世界歴史の旅ビザンティン』は、南北の側廊西壁面に設けられた2枚のモザイク・パネルは6世紀の作と考えられ、火災以前のものであるが、有名な東聖域入口角柱に施された6枚のパネルは7世紀の再建を記念して奉納されたものである。6世紀のモザイクに描かれたディミトリオスは正面向きではあるが、ロトンダに似た支脚・遊脚の表現(両脚にかかる体重が均等でない、動きのある描写)をもち、背景には植物、岩、雲などの自然のモティーフがある。一方7世紀のものは厳格な正面観で、身体のヴォリューム感も無視され、自然な地面の描写も消えている。古代の美術が中世的なものに変貌してゆく過程は単純でも一様でもないが、この聖堂の6世紀と7世紀とでは明らかに美の基準が異なっていることに気づくだろうという。

6世紀のモザイク画

身廊西端北側 聖ディミトリオスと4人の聖職者たち
残念ながら下半分は残っていない。
顔も両端の2名のものしか残っていない。これで6世紀のモザイクの特徴と言われても・・・
左端の聖職者は、目の周りに隈ができて、正面ではなく遙か彼方を眺めている。
その隣の聖職者の着衣は衣文線はテッセラを一列並べただけだが、体に膨らみを感じさせる曲線となっている。
半分だけ見える聖ディミトリオスの頭光は、同心円状に金箔テッセラが並んでいる。

見学したときには気付かなかったが、北側通路にはもう一つモザイク画があったことを『SAINT DIMITRIOS』で知った。

聖ディミトリオスと天使たち
同書は、天使の一人は聖人の上で振り返って、トランペットを吹いているという。
何故天使が複数形なのかと思ってじっくり見ると、右端に天使の羽根と思われるものが幾つか残っていた。
背景は横に棚引く雲で覆われていて、そこらに色のグラデーション(暈繝)が認められる。
トランペットを吹く天使の下には赤いテッセラで雲間から射し込む朝日或いは夕日の赤い光のようだ。
どちらも頭光が同心円状ではなく、横に並んでいる。
聖ディミトリオスは若い。頬が赤らみも輪郭線も微妙に肥痩があって、筆で描いたように出来上がっている。

南側廊西壁 聖ディミトリオスに寄進する人々
『ビザンティン美術への旅』は、聖ディミトリオスに二人の人間が寄進している。聖者の正面観と寄進者の動的なポーズが対照的だが、この聖者はイコンに描かれた聖者であり、いわば画中画であるという。
地面の黄緑色に、人物の影を緑色で表している。
同書は、ディミトリオスは正面向きではあるが、ロトンダに似た支脚・遊脚の表現(両脚にかかる体重が均等でない、動きのある描写)をもち、背景には植物、岩、雲などの自然の紫モティーフがあるという。

オランス型に両手を挙げる聖ディミトリオスは穏やかな表情で正面を向いている。濃い色の両手は後補だろう。
聖ディミトリオスのイコンというのは画像ではなく立体的な像だったのではないかと思うような、イコンと現実の世界を分ける枠のようなものもない。それどころか、台座の左側に緑色の影がある。

着衣の衣文は直線的な部分もあるが、左手の方は丸みが感じられ、翻ったりする様子も表現されている。
頭光には水平に金箔テッセラが並んでいる。
背後の丸い丘には岩や樹木なども表され、背景に自然を描くのは特殊なことではなかったのだろう。とはいえ、妙な樹木ではある。松だろうか?
また、二人の住む屋敷の門柱には壺が飾ってあるのもしっかりと表されている。
そして子供の足元には草が生えている。
寄進者はマントで両手を隠して差し出すのが、寄進のポーズだろうか。

7世紀のモザイク-東側

左角柱北面 聖ギオルギオスと2人の子供
『ビザンティンでいこう!』は、信者は教会に寄付をして、その代わりに壁画を飾る権利を貰うのである。聖人の庇護を願う者が、聖人と一緒にモザイクの中に表されている。聖者とともに2人の子供が描かれているパネルがある。子供が聖者に守られて、無事成長しますように。そう祈って、両親は教会に寄進を行った。1500年たとうととも、人間の願いなど変わるものではないという。
他の書物ではこの聖人を聖ディミトリオスとしているが、『SAINT DIMITRIOS』は聖ギオルギオスとしているので、一応後者を採った。
この聖人は、目を見開いて前を凝視している。
背景の緑色の天幕は緑色のグラデーションで襞の凹凸を表している。
聖ディミトリオスの頭光は同心円状に金箔テッセラが並んでいる。
右首元で留める白に紺色の入った長衣から鮮やかな赤い内着がのぞいている。白い線は襞を表しているのだろう。
上目遣いの子供たちは、やはり両手をマントで隠して差し出すポーズをとっている。
3人とも地面に影はない。

南面 聖母と守護聖人テオドール 7-8世紀
せっかくのモザイクも、斜めからしか撮ることができない。
背後は建物の腰壁だと思っていたが、地面を見ると、黄色から緑へのグラデーションの帯が妙に曲がりくねっていて、布だったのかと思ったりもする。
巻物を広げる聖母の顔は冴えないが、彼女を祝福する主の顔は人間ぽく描かれている。
 背後の蔓草文。聖母の左裾の表面と裏面の表現も丁寧だ。
それなのに、地面との接合部が曲がりくねっているのは、布か建物かという問題ではなく、7世紀における古代から中世へと変貌していくビザンティン美術の一端の現れなのだろう。

東面 祈りのポーズの聖ディミトリオス
左手からひらひらと長衣の端が規則的に折れながらカープしていく優美な着衣の表現。青い縦の襞に関係なく、金色のテッセラが斜め格子を作っている。

右角柱
東面 聖ディミトリオスと聖職者
聖ディミトリオスの左手下にジグザグに折れる衣端の他はまっすぐに襞が降りて平面的。
下から見上げると、聖ディミトリオスは上目遣いだ。
正面から見てもやや上を睨んでいる。

北面と西面 
北面 ヨハネ司祭とレオンティウス司教の肩に手を置く聖ディミトリオス
肩の辺りや着衣の端にほんのりと隈取りが見られ、それでなんとか立体的に見える。
この絵でも地面の後ろ側の黄色と緑のグラデーションがある。

西面 聖セルギウス
『ビザンティンでいこう!』は、信者は教会に寄付をして、その代わりに壁画を飾る権利を貰うというが、だからといって、何故聖ディミトリオスの名を冠した教会に別の聖人のモザイク画を描かせたのか、それが不思議。

7世紀のモザイク画では、聖人の立っている地面とその背景の緑色の部分が妙な続き方をしている。影でもないようだ。


イコノクラスム以前のモザイク壁画4-「ゆらぎ」は意図的に
         →イコノクラスム以前のモザイク壁画6 アギオス・ディミトリオス聖堂2

関連項目
テッサロニキ3 アギオス・ディミトリオス聖堂1  モザイクとフレスコ
マケドニア朝期のモザイク壁画1 アギア・ソフィア大聖堂
イコノクラスム以前のモザイク壁画7 パナギア・アヒロピイトス聖堂1 モティーフいろいろ
イコノクラスム以前のモザイク壁画3 ラヴェンナ
イコノクラスム以前のモザイク壁画2 破壊を免れたもの
イコノクラスム以前のモザイク壁画 聖像ではないので

※参考文献
「世界歴史の旅 ビザンティン」 益田朋幸 2004年 山川出版社
「ビザンティン美術への旅」 赤松章・益田朋幸 1995年 平凡社
「地中海紀行 ビザンティンでいこう!」 益田朋幸 1996年 東京書籍
「SAINT DIMITRIOS」 IOANNIS C.TASSIAS 2007 DIMITRIOS ALTINGIS