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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2010/07/13

サッカラのピラミッド複合体7 南周壁の外へ


南の墓の竪坑を見下ろして、そのまま南周壁の上に回ると、晴れている訳でもないのに、はるか南方にダハシュールの赤いピラミッドと屈折ピラミッドが見えた。どちらも第4王朝初代の王スネフェル(前2613-)が建造したもの。
もっと近くの低いピラミッドはペピⅡ(第6王朝最後の王、-前2181年頃)のもの、四角いマスタバはシェプセスカフ王(第4王朝最後の王、-前2494年頃)のものらしい。
寝そべっているラクダは警備員のもの。 

南周壁の近くを見渡すと、左(東)側の凹んだところから緑地帯が少し見えている。マスタバがたくさんあるはずだが、マスタバ=日干レンガと思っていたために、石造りの遺構があちこちに見えて混乱してしまった。  
南西にはウナス王のピラミッドがある。ウニス王と記されていることが多い。   
南周壁は修復の途中で、入口付近の周壁と同様に複雑に凹凸を組み合わせているのが足元に見えた。
周壁を歩いて外側に下りていく。ラクダが待機しているところは貯蔵庫跡のはず。
ピラミッド複合体の平面図はこちら
すぐ近くのマスタバは日干レンガで造って土を塗ったのがよくわかる。アーチ状の凹みが2つあるが、開口部ではなく、壁龕だった。
このマスタバが何時頃のものかわからないが、古王国時代(前2686-2160年頃)のものだろう。メソポタミアでもアーチ形の開口部がウルのジッグラト(前21世紀)にみられる。どちらで先に造られるようになったかわからないが、かなり古い時代からあるものだ。

地上に下りるとさきほどのマスタバを左に見ながら進む通路がついている。ウナス王のピラミッドは右側。
石造りのマスタバは現実にあった。そのしっかりとした石造物を見ながら歩いて行くと中が見えた。このマスタバには天井が残っておらず、向こうに見えるのは、先ほど見た南の墓の柵だった。
天井のないマスタバの角を左折すると階段ピラミッドが顔を出していた。手前にあるのもマスタバで、外壁は先ほどの物と比べて石が小さいので修復だろう。
イドゥトの墓という第5王朝、前2360年頃のマスタバらしい。ガイドさんが見学できますよと教えてくれたので入ってみた。
入口からいきなり左(西)側への狭い通路となっていて、すぐに右折する。そのような狭い通路を曲がりながら進むと一番奥が至聖所のようになっていて、1グループが説明を聞いていたのでその中まで入ることができなかった。
通路は白い石壁で複雑に構成され、浅浮彫彩色された壁画がびっしりと描かれていた。牛に関するが多かったかな。見学している時はまだマスタバは日干レンガで造られていると思っていたので、日干レンガの壁の中に石の壁があるというギャップと、壁画の完成度の高さに違和感を持ち続けながら帰国したのだった。
道はここで右へ折れていて左右にいろんな遺構を眺めながら東へ向かう。
日干レンガに石板が組み合わされているようなものもあった。