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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2017/08/01

ナクシェ・ロスタムにエラム時代の浮彫の痕跡


大阪大学 イラン祭祀信仰プロジェクトエラム古王国時代のナクシェ・ロスタム浮彫跡は、ナクシェ・ロスタムの遺跡にはエラム王国時代からものがみられる。場所は左端から2番目の浮彫「バフラーム二世とその家臣」のところ。その浮彫の下部にある左右2枚のパネルにおそらくサーサーン朝時代に削られたエラム時代の浮彫の痕跡が見えるという。
神は右側のパネルにいて,蛇のコイル状の玉座に坐っているという。
日陰でもあるし、はっきり言って、全くわからないといった方が良いくらい。
でも、目を凝らすと、中央の神は体を正面向けて坐り、右手は開いて肘から斜め上にあげ、左手はくの字に曲げているようにも見える。まるで結跏扶坐した施無畏与願印の仏像のよう。蛇は全くわからない。
パネル左端の上部には王らしい人物の頭部と顔の側面が確認できるという。
どこに?
ここにも何かあったのかも。

さらに右側の側壁には完璧なまでのエラムの人物像が描かれている。エラム時代の他の浮彫と比較しておそらく王権叙任を主題としたものであろうという。
なるほど、右側の浮彫はサーサーン朝時代のものに比べて浅く、立体感がない。
ということは、これはエラムの王なのだ。
左、つまり坐った神のいる方向に頭部と腰から下を向けているが、肩や組んだ腕は正面向き。
王冠は額よりも出ている半球状のもので、結んだ紐は後ろに垂らしている。服は半袖のよう。

時代はエラム古王国時代(紀元前2000年紀前半)に属すると考えられている。このことはナクシェ・ロスタムの地がアケメネス朝以前遙か昔の時代から王権叙任などの儀礼にかかわる聖地であったことを物語っているという。
他にも何も彫られていないが、浮彫するために削られた壁面があった。今では判別できないが、それもエラム時代に遡る王権神授図のようなものがあったのかも。


パサルガダエもナクシェ・ロスタムも拝火神殿ではなかった
                          →アケメネス朝の王墓


関連項目
ナクシェ・ロスタム アケメネス朝の摩崖墓とサーサーン朝の浮彫

※参考サイト
大阪大学 イラン祭祀信仰プロジェクトエラム古王国時代のナクシェ・ロスタム浮彫跡

※参考文献
SD選書169「ペルシア建築」 A.U.ポープ 石井昭訳 1981年 鹿島出版会
「季刊文化遺産13 古代イラン世界2」 長澤和俊監修 2002年 財団法人島根県並河萬里写真財団