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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2010/07/23

ジェゼル王がイムヘテプと出会ったアスワン


ジェゼル王の階段ピラミッドは、エジプトで最初に造られたピラミッドだ。同時にエジプトで初めて石が用いられた建造物でもある。それまでは日干レンガのマスタバだった。それを設計したのは宰相のイムヘテプだったと言われている。イムヘテプについて吉村氏は、メソポタミアから渡来した帰化人、またはその子孫ではないか(「吉村作治の古代エジプト講義録上」より)と考えているようだ。

イムヘテプは元々ジェゼル王の宰相だったわけではない。第3王朝の都はメンフィスだったが、2人が出会ったのはアスワンだった。同書は、最初のピラミッドを建設した第3王朝のジェゼル王は、はるばるアスワンまで出かけて、祈禱祭を行ったことが記録に残されているという。

アスワンはどんなところだろう。ハルツームとアスワンのあいだには、6つのキャタラクト(急湍)がある。これは、このあたりの地盤がほとんど砂岩や石灰岩などの柔らかい岩石でできているにもかかわらず、ところどころに隆起活動によって深層部の花崗岩の堅い地層が顔を出しているためにできたものだ。ナイル川の流れによって、砂岩や石灰岩はどんどん削られていくが、堅い花崗岩のあるところだけは、あまり削られずに残っている。したがって、その部分は川幅が急激に狭くなるとともに、浅瀬になり、花崗岩が露出することから急流となる。 
これら6つのキャタラクトのうち、最も下流にあるのが、アスワンであり、第1キャタラクトとよばれるという。


第1カタラクトが実際にどこなのかよくわからなかった。アスワンダムの上を通っている時、下流側を眺めると、ダムと下流側とが大して高低差がなかった。赤い岩は削られずに残った花崗岩だろうが、岩の下の方が真っ白なのだった。まさか塩分ではないだろう。ここが第1カタラクトなのだろうか。

古代エジプト人は、このアスワンをナイル川の源頭とみなしていた。
古王国時代には、元来はこの地域の地方神であったクヌム神が、その水量を調節していると信じられていたことから、エレファンティネ島のクヌム神殿で、たびたび祈願が行われていたという。
どこまでが第1カタラクトなのだろう。ダムの両側の島が見える辺り一帯のことだろうか。アスワンダム付近の地図(『地球の歩き方E02エジプト』より)。
ツアーの日程では切りかけのオベリスクを見学後、島のレストランで昼食をとることになっていた。船着き場でボートに乗り込んだ。正面に見える大きな島がエレファンティネ島で、その南端にクヌム神殿があるはずだ。
ボートはどんどんエレファンティネ島へと近づいていき、縁を通って上流へと向かう。ひょっとしてクヌム神殿が見えているのでは。
冬は水位が低いが、増水期には岩や石壁の黒い線のところまで上昇するのだそうだ。
レストランはエレファンティネ島のすぐ南の小さな島にあった。到着するとみんなが川を撮している。何だろうと見ると甌穴のたくさん空いた岩が目の前に顔を出していた。上流にダムができるまではここもカタラクト(急湍)だったのだ。
そしてエレファンティネ島に目を向ける。やっぱり見えているのはクヌム神殿に違いない。
食後改めてクヌム神殿の方を見ると、日干レンガで造られたヴォールトが見えた。それだけではない、半円ではなく円形(筒状、↓印)になっているのもある。その下には日干レンガの遺構が積み重なっているようだ。
石で造ったところよりも、日干レンガで造られたところの方が古いのだろう。そして何度も修復や建て直しが行われて、現在見えるように高くなっていったのだろう。ジェゼル王が来た頃のクヌム神殿は、かなり下の方だったに違いない。行って確かめたいなあ。
その右上に展望台のようなものが見えた。見学者の姿も時折見かける。ツアーの予定には入っていないので、せめてカメラに収めておこう。


※参考文献
「吉村作治の古代エジプト講義録上」(1996年 講談社+α文庫)

「地球の歩き方E02 エジプト」(2008年 株式会社ダイヤモンド・ビッグ社)