お知らせ

忘れへんうちに 旅編では、南イタリアの旅を再開しました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2020/07/21

生誕120年 ミラクルエッシャー展 イタリアの風景


同展図録は、20世紀を代表する奇想の版画家、マウリッツ・コルネリス・エッシャー(1898-1972)の生誕120年を記念した展覧会。
世界最大級のエッシャーコレクションを誇るイスラエル博物館から選りすぐりの152点を日本初公開いたしますという。
自分の南イタリア旅行に合わせたわけではないが、平らな国土オランダで生まれ育ったエッシャーが、起伏に富んだ南イタリアの景色をどんな風に魅せられたのかを、その作品から辿ってみたい。

同展図録は、彼はオランダで暮らす建築学生の時に初めてイタリアへ旅をした。学校を卒業して数年後、イタリアのローマに住んだ。ローマの夜景は彼を魅了したという。
エッシャーが滞在中にローマの景色を表した作品の中に、私にとっても懐かしいものがあった。

ボルゲーゼの聖獣 1927年 多色刷り木版 447X443 ローマ
ボルゲーゼという大富豪の所有したボルゲーゼ公園の中にあるボルゲーゼ美術館から眺めたローマ中心部の景色ということだろう。こんな眠そうな怪獣はどこにあるのだろう。
左奥に白っぽいヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂が見えている。

夜のローマ トラヤヌス記念柱 1934年
背後から放射状に出ている光線がサンティッシモ ノーメ ディ マリア アル フォロ トライアノ教会のドーム越しにトラヤヌス記念柱まで届いている。
記念柱と教会の半分が写っている写真はこちら
同展図録は、エッシャーの初期風景画に特徴的なものとして、34年に制作されたローマの夜景が挙げられる。この都市の劇的なライティングが、木版技法を駆使した黒と白のコントラストによって表現されているという。

同展図録は、旅はエッシャーの制作にインスピレーションを与えた。1920年代のイタリア旅行では、絵日記のようなかたちで、山々や古代の都市(多くはイタリア西部)をスケッチした。描く主題の選択は、各地の古代文化、そして自然へのエッシャーの関心が反映されてやおり、イタリアの海岸線の急勾配な地形を描いた素描が数多くある。また緻密に描いた自然の積み重なった岩や植物は、建築的な構造を浮かびあがらせている。多くの場合、彼は遠方から見た風景を描くことを選んでいるが、極めて高い、あるいは低い視点から捉えている場合もある。このような素描は、ローマ定住の1920年代中頃から35年頃、アトリエでの版画制作の基礎となったという。

Google Earthでは、あまり解像度はよくないが、丘の上に、あるいは断崖の上に築かれた町の様子がわかる。

サンジミニャーノ 1922年 木版 247X321
イタリア滞在中、サンジミニャーノの景観に圧倒されたエッシャーは、4月28日に「朝、オリーブの木のスケッチをはじめ、背景に町の塔のシルエットを描いた」と伝えられている。本作は、その景観に魅了されたエッシャーのビジョンがかたちになったものであるという。
Google Earthで見ると、サンジミニャーノも細長い台地にあり、中世に競って建てられた塔が今でも残っている。
その斜面はオリーヴ畑になっていて、谷間には木々も茂っている。この作品はそんな樹木も描いていて、起伏のある土地や、その上にある町、斜面のオリーヴ畑、その上にある町など、平らなオランダからやってきたエッシャーには何もかもが珍しく、目を釘付けにしたことだろう。

ヴィトルキアーノ 1925年 木版 391X571 チミノ
ヴィトルキアーノもまた細長い台地の上にできた町。その上、なだらかな斜面ではなく、切り立った岩壁が囲んでいる。白い木の下に、杖を両手で持って座っているのは羊飼いだろうか。
Google Earthではやや平べったい街の建物と谷間が見えるが、奥の橋はこんな風には見通せない。孤立した町と外界を結ぶ高い橋も、エッシャーには印象深いものだっただろう。

ゴリアーノ・シコリ 1929年 リトグラフ 240X290 アブルッツィ地方
Google Earthで見ると、やはり丘の上の町で、頂上にサンタ・マリア・ノヴァ教会があるが、その鐘楼はこの作品とは反対に、教会の右側にある。
こんな風に独立した丘に町を築く例はフランスなどでもある。この作品で思い出したのはコルドシュルシエル(天空のコルド)、1222年に建設された防塞都市(『中世の街角で』より)というように、イタリアでも防塞都市として、中世に各地で築かれたのだろう。 

ジェナッツァーノ 1929年 リトグラフ 268X196 アブルッツィ地方
Google Earthで、アブルッツィではなくラツィオ州のジェナッツァーノに、この鐘楼に似た鐘楼のあるサン・パウロ使徒教会を見つけた。
下の町の入口は、岩盤から掘り出したように、通路、建物の入口への階段、扶壁などが表されている。
町の背後には、パターン化された形の雲が並んで空を覆っている。ひょっとして、このような雲が出やすい地形かも。

チェッロ・アル・ヴォルトゥルノ 1930年 665X483 アブルッツィ地方
Google Earthで見つけた当地はモリーゼ州にあった。
奇妙な岩山の裾と上に町がある。上の町は周壁を巡らし各所に監視塔のある、敵の攻撃から護らねばならない時代のもの。崖の下には、もうそんな必要のない時代に建てられた新しい町がある。

カストロヴァルヴァ 1930年 リトグラフ 535X418 アブルッツィ地方
同展図録は、エッシャーの風景版画には、ローマの東側に位置するアブルッツィ地方の切り立った景観を主題とした作品が数多く登場する。本作が制作される前年の1929年の春、エッシャーは友人のスイス人画家とともに、アブルッツィの山脈を旅行し、その切り立った山岳の景観をスケッチしたという。
Google Earthでカストロヴァルヴァの町は狭い尾根にあることが分かったし、作品に描かれた2つの塔も町中のストリートヴューで見えるが、崖下の道路から見上げても、木々が邪魔をして全く見えない。
下の斜面には農地が広がり、その裾にあるのはアンヴェルサ・デリ・アブルッツィの集落。左下の植物はよく分からない。

ペンテダッティロ Pentedattilo 1930年 カラブリア州 リトグラフ 197X255
同展図録は、1930年4月末から1ヵ月ほどの間、エッシャーは友人たちとともに、イタリア南部のカラブリア州を訪れた。カラブリア州南端にあるペンテダッティロに到着した彼らは、そこで数日間滞在した。本作はその時のスケッチに基づく版画で、強い陽光を浴びて陰影が浮き立つ山の姿が、雲ひとつない空から際立っているという。 
なんと、ももであさんイタリアの田舎:ドライブ旅行記 -11- ~ペンテダッティロ編~には、現在でもほとんど変わらない山に抱かれた小さな村の写真が沢山あった。そして1960年代に州が住民に退去命令を出して廃村となってしまったらしい。
Google Earthで見るよりも、ももであさんのたくさんの写真の方がエッシャーの作品に似ている。

トロペーア 1931年 リトグラフ 313X235 カラブリア州
同展図録は、30年4月末からのカラブリア地方旅行で見た景観に基づく版画。切り立った岩壁に立つ建物を見上げた視点で描かれているという。
Google Earthでは、左の崖の中程に、補強のための二連アーチ4段は現在でも残っているが橋はない。広い道路の先には、サンタ・マリア・デッリゾラ聖堂のある小さな丘が海に突きだしている。
Giorgio Bianchiさんカラーブリア州を巡る旅~欧州で最も美しいビーチ、トロペーア~では、反対側から眺めた崖と建物の写真が数多くあります。真下から見上げたり、海水がかかりそうな洞窟を見つけたりと、面白い町のよう。
はん

サンタ・セヴェリナ 1931年 リトグラフ 232X310 カラブリア州
Google Earthでは、北西側からサンタゼヴェリーナの城を右奥に、教会をその左側に望むことができるが、ここでも教会の鐘楼とドームの位置が逆になっている。じっくりと比べると、他にも作品と実景の違いが比較できるだろう。

ロッサーノ 1931年 木版 240X309 カラブリア州
Google Earth では北よりから眺めると、つづら折りの路と斜面に密集する町並みが望める。ロッサーノの町というよりも、その斜面を含む山並みと谷に燦々と日が射している後景を表している。

サンコジモ 1932年 リトグラフ 280X210 ラヴェッロ、アマルフィ
珍しく断崖の下に、と言うか崖に密着して建てられている。
Google Earthで、サンコジモ通りが岩壁に張り付いた建物が並んでいる。その建物群は現在の方が多い。

アマルフィ海岸 Coast of Amalfi(composition) 1934年 木版 697X408 
同展図録は、この見事な版画は1934年11月、ファシズムの台頭のためにエッシャーが10年以上滞在したイタリアを家族とともに去る数カ月前に制作されたものである。22年から暮らしたこの国を彼はとても気に入っていた。古代の建物や自然の風景は初めてそこに滞在した頃から彼の作品に見られる。
本作において、彼は黒白のはっきりとしたコントラストや様々な陰影によって抑えの利いた穏やかな印象の部分を作り出す技量を見せている。海沿いの町を高い視点から描き、急勾配の地形を劇的に強調している。アマルフィ海岸はイタリア南西部カンパーニャ州にある50㎞に及ぶ海岸線である。山の傾斜地にはレモン園やオリーブ畑を主にした伝統的な農耕地、その横には中世の建物が描かれている。アマルフィ海岸は貧しく孤立した農村地帯であったが、20世紀初め北ヨーロッパからの観光客が訪れ始め、海岸沿いの小さな町は人気の観光地となった。
崖っぷちを走っている舗装道路は狭くて危うい。作品でエッシャーは、異なる複数の道を強調している。思いもよらない視点から描いた道の上昇と下降とともに、この異なる道によって彼は不可能な道の着想を得たようである。
アマルフィ海岸を描いた版画にエッシャーがつけた画題は、この風景が着想の基になっているだろうという仮説を立証している。作品は単に風景の印象を表現しているだけではなく、構成要素をどう組み立てるのかという形式主義の考えを含んでいるという。

アトラーニ 1931年 リトグラフ 275X379年 アマルフィ海岸
上の作品の3年前に制作されたこの作品は町を白っぽく描写していて、Google Earthで見ても、右下の人や馬車が通る海岸の崖に作られた道は現在もあるし、その左下にある階段も残っている。
教会はサンタ・マリア・マッダレーナといい、現在もこの向きで立っている。しかし、上の作品では、鐘楼は場所は同じだが上部が異なっているし、後陣や交差部のドームが反対向きになっている。
その左の、一つの階に7つの窓が並び、右の2室は少し角度が変わる建物も、ピンクの色で残っている。ただしその背後の通路や階段は今はないが、これがエッシャーの「不可能な道の着想」によるものなのか、当時はあったのかは不明。

イタリアを離れた後のエッシャーは、自然描写に対する関心を失ってしまったが、初期の風景画の中には、後の時代の、テセレーション(モザイクパターン)や錯視を描く、様式化された版画の基礎となったものもあるという。

                                   →生誕120年 ミラクルエッシャー展 アトラーニを見下ろす

関連項目
エッシャーが描いたペルシャ神話の人面鳥
エッシャーとその師メスキータ
ローマ トラヤヌス帝の市場と広場

参考サイト
ももであさんイタリアの田舎:ドライブ旅行記 -11- ~ペンテダッティロ編~
Giorgio Bianchiさんカラーブリア州を巡る旅~欧州で最も美しいビーチ、トロペーア~

参考文献
「生誕120年 イスラエル博物館所蔵 ミラクル エッシャー展図録」2018年 産経新聞社・フジテレビジョン
「中世の街角で」 木村尚三郎 1989年 グラフィック社