お知らせ

忘れへんうちに 旅編では、南イタリアの旅を再開しました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2020/08/14

エッシャーが描いたペルシャ神話の人面鳥


エッシャー作 球面鏡のある自画像 1934年 36歳 リトグラフ 28.6X32.6
『ミラクルエッシャー展図録』は、この版画は16-17世紀にかけてのオランダやフランドルの絵画の特徴であるキリスト教のヴァニタス画の伝統を表したものである。これらの絵画では、静物は、壊れやすい世界の空虚さや我々自身のはかなさを象徴するものとして描かれている。エッシャーの版画の多くにも見られる反射鏡の使用もまたルネサンスやバロック絵画からよく知られている。これらの作品の中の空間を広げる手段として用いられている。鏡は外界の存在を表すもの、つまり隠れた神の存在を暗示すると考えられていた。
この版画の中で最も目を引くものは人間の顔を持つ鳥だ。これはエッシャーが義父からプレゼントされたペルシャの金属製彫刻だ。この鳥は他の版画の中にも見られ、その特徴がエッシャーの戦後の作品に現れる名前のない人形のような人像の容姿にも見られるという。

画廊 1946年 メゾティント 220X165
同展図録は、『画廊』と題されたこの版画では、画面中央を消失点とする遠近法によって回廊状に中央奥へと展開する仮想空間が表現されている。しかしその仮想空間が歪なものであることにすぐ気づかされる。この回廊の左右のアーチ状の開口部には、シームルグというペルシャ神話の人面鳥が置かれ、その上部にはランプが吊されているという。
シームルグについては以前に幾つか記事にしたが、こんな姿ではなかった。有翼の獣が連珠円文の中に表されているものが多いが、時代を経て変化していったのだろうか。

シームルグ文 イラン、ターケ・ボスターン大洞内奧浮彫 7世紀前半
シームルグ文について『古代イラン世界2』は、今 日、イランの地でサーサーン朝ペルシア錦(324-641)とされるものの出土例は知られていない。それを具体的に知りうるのが有名なターケ・ボスターン の摩崖に掘鑿された大小二洞の大洞内壁に刻まれた浮彫(7世紀前半)の織物とみられるものの模様である。それは確実にサーサーン朝ペルシア後期の錦(サ ミット)の模様と言ってよい。
それら文様は身分や位階にもとづいて区別されて用いられていたと考えられる。その最高位に位置づけされているのがシームルグ(センマーヴ)文であっただろう。シームルグは犬の頭、孔雀の尾、グリフォンの羽、獅子の脚などいろいろな現実、非現実的な動物の部分から構成された霊獣である。ゾロアスター経典『アヴェスタ』においてはサエーナ・マラゴー(サエーナ鳥)と記され、鷲・鷹・隼などと同様の猛禽をあらわすとされる。
・・・略・・・ 王にのみこの神聖にして怪異な文様が用いられたのであろうという。
ゾロアスター経典では鳥とされているので、シームルグが後の時代に人面鳥になってもおかしくはないのかな。 

有翼人物像なら7世紀にイランで登場していた。

帝王猪狩り図 7世紀 ストゥッコ 84X142㎝ イラン チャハル・タルカーン・エシュカバード出土 フィラデルフィア美術館蔵
『世界美術大全集東洋編16』は、テヘランの南ライからほぼ30㎞の地点には先史以来イスラーム時代に至る遺跡が点在しているが、そのなかにササン朝末期の城塞遺跡があり、アメリカの調査団によってその一部が発掘され、宮殿などの壁画を飾っていたストゥッコ装飾が断片ではあるが大量に発見された。ストゥッコはササン朝時代において、テシフォンやキシュの宮殿建築の装飾や塑像の素材として早くから使用されていた。この作品はその一部で、帝王の猪狩りを描写したものである。画面の周囲にはさまざまな植物文や動物文が配されているが、これらはササン朝の美術ですでに用いられていたものである。繰り返しの多い文様はすべて型押しで制作されているという。
テシフォン(クテシフォン)は現イラクにあるパルティアからサーサーン朝にかけての都。キシュは現ウズベキスタンのシャフリサブス、かつてはソグド人の都市国家であった。
同書は、下段の有翼人物像はしばしば、ササン朝のスタンプ印章の図柄にも用いられているが、おそらく、同種の牡牛文と同じく、若者に変身したウルスラグナ神の化身であろうという。
翼はそれ自体が鳥の翼を表わしているが、茎から出た対生の葉の間から人物が顔を出しているようでもある。

青釉金彩堆文細頚瓶 12世紀 複合陶土 高さ29.8径21㎝ イラン出土 MIHO MUSEUM蔵
『MIHO MUSEUM南館図録』は、この優雅に伸びる長い頸を持った瓶は、型押しで浮彫状に装飾モティーフを表し、トルコ青の釉薬を掛け、盛り上がった部分に金彩を施したペルシャ陶器のなかでも最も華やかな作品の一つである。細頸瓶にこの種の装飾技法を適用した例は殆ど見られないという。
金彩を施した陶器という伝統が、ラージュヴァルディーナのように金箔を貼り付けたタイル陶器が、13世紀後半にイランで始まった技法へと受け継がれていったのかも。
同書は、向き合った有翼の幻獣グリュップス(グリフィン)、スフィンクス、翼を広げた人面鳥身のハルピュイア、蹲踞した獅子などを瓶の胴回りと頚の付け根に配置するという。
この人面鳥は、左右に伸びる蔓に肢を広げて立ち、翼と尾とでバランスしている。確かに顔は人間のもの。
ペルシアにはゾロアスター教のサーサーン朝からイスラームの王朝へと、人面鳥は受け継がれていったようだ。

それがもっと後の時代には、金属の工芸品となって、義父(ロシア革命によりスイスに亡命していた富裕な実業家 『ミラクルエッシャー展図録』より)からエッシャーのものとなり、その特徴がエッシャーの戦後の作品に現れる名前のない人形のような人像の容姿にも見られる(『ミラクルエッシャー展図録』より)ようになったのだ。


参考文献
「生誕120年 イスラエル博物館所蔵 ミラクル エッシャー展図録」2018年 産経新聞社・フジテレビジョン
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」 2000年 小学館