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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2016/04/22

伏見稲荷4 お山する1


『伏見稲荷全境内名所図繪』は大正末か昭和の初めに描かれたものである。
そこには社殿が描かれている。

ところが、BS11の「古地図で謎解き」という番組では江戸時代の古地図が紹介されていて、そこには総本宮の社殿は描かれていなかった。
京都感動案内社の小嶋一郎氏は、総本宮の社殿が描かれていないのは何故か?
それは、四ツ辻に手水鉢がある。お参りの前に清めて下さいという手水舎がこの場所にあるからです。それこそが古地図に社殿が描かれていない理由。稲荷山全体が信仰の対象だから。社殿はあくまで後から造られたもの。そのため、あえて社殿を描かなかったと推測されるのですという。
また番組の解説では、この稲荷山に描かれた神蹟は7つ。その全てにお参りすることを「お山する」という(赤い短冊)。

では、参拝順路30分の札に従って、四ツ辻のにしむら亭の傍からお山しよう。最初は下り気味。
また鳥居のトンネルを抜け、鳥居のない参道を進み、登り下りの繰り返す。

右側に風変わりな姿の狐がいる神社があった。「眼力社」というらしい。
白い短冊なので神蹟ではないが、『伏見稲荷全境内名所図繪』は、「眼力大神」眼の病気を治して頂けると言うご神徳だけでなく、先見の明、眼力がつくと言う御利益をさずかると古くより伝えられ多くの企業経営者の参拝がありますという。
さっき手水舎で龍の頭を見たが、ここでは狐が水を出していた。

今度は急な石段に鳥居のトンネル。24時間参拝可ということで、今まで気付かなかった街灯発見。
ここでは狐ではなく神社では一般的な狛犬が門番をしている。

①御膳谷奉拝所
小嶋氏は、ここが七神蹟の一つで、神様のお食事を用意するところ。参拝客も初穂料を納めれば御饌を供えていただくことができるという。
続いて清滝社への分岐。
そのまま一ノ峰方面へ。ここにも狐の顔の絵馬があった。
また鳥居があって、一段高いところに建物が。これが御膳谷奉拝所で、図繪で見るとぐるりと回り込んで参道がついていた。
番組の解説は、ここはお塚が一番多いところ。お塚とは伏見稲荷大社の神様の御利益にあやかりたいと願う一般の人々が奉納した、いわば個人的な神社という。
中には入らず一ノ峯へ急ぐ。

かなりの急登と急下降を経て、
薬力社
図繪は、「薬力大神」は無病息災・身体健全のご加護が得られる神様として伝えられ、薬品・医療関係の参拝者が多い。すぐ側に薬力の滝があるという。
気付かなかったが石段を上がったところ両側にある石柱に、大きなわらじが奉納されている。
小嶋氏は、足腰が弱い人がお参りすると御利益があるという。
でも、ここまで登って来られたら、十分な体力気力だと思うのだが。
薬力の滝はわからなかった。

また歩いて、

②御剱社
番組の解説は、刀鍛冶など火を扱う仕事に携わる人々がお参りに来たという。
社殿の裏側に登っていくと、尖った岩にしめ縄が巻かれていた。
ご神体は剱石という巨大な石という。
御劔社の名前の由来となったものがここにありますという。
小嶋氏は、井戸の跡のようなもの。お手水を取るようになっているのですが、本来は刀を鍛えるときの良い水が出る。
京都では有名な宗近さんという人が刀を打つ時に一人では打てない。対面にもう一人いて、その人と一緒に打つ。それを相鎚という。その相鎚を探している時にお稲荷の神さんが狐に姿を変えて、宗近の相鎚を打って立派な刀ができたという。
番組は歌舞伎役者たちが出演しているので、「ああそうか、歌舞伎の小鍛治」と言っていたが、お能の「小鍛治」を元にしているのでは?
社殿手前の鳥居脇の手水舎では蛇口が雲に乗った剱だったのはそういう訳だったのだ。

またかなり登って、
やっと頂上に到着。「ここが標高233m 稲荷山山頂」というプレートが石に貼り付けてあった。


③一ノ峯 
上社(かみのやしろ)神蹟、一名末広大神ともいうらしい。
小嶋氏は、秦氏の氏神である稲荷の神様が白い鳥になって一ノ峯、二ノ峯、三ノ峯に降り立ったので、まさしくここが神蹟、神の蹟(あと)ということで、神技(しんぎ)が強い場所に人々がお塚がたくさん築かれた。庶民のあやかりたいという気持ちの表れという。

ちょうど稲荷大社の神職が何かをしていたので、横からご神体を写す。山というよりも岩を祀っているかんじ。

この地の豪族秦伊呂巨(はたのいろぐ)が餅を的に矢を射ようとしたとき、餅は白い鳥に姿を変え、山の彼方へ。その鳥の降りた山には、稲が実りました。伊呂巨は神のなされたことと考え、神を祀ったのが伏見稲荷大社の始まりだとか。そして、稲が生えた3つの峰は稲荷山と呼ばれるように。平安時代には、あの清少納言も一ノ峯を目指し、稲荷山を登ったという。
そのため、ここにもお塚がぎっしりと並んでいて、ご神体を囲んでいた。
奥に平たい大岩、その前左右に尖った小岩がある。
真後ろから見ようとするが、
その先は通路が下に続いていた。その上御利益に預かりたい人たちが奉納した岩にご神体が隠れてよく見えないのだった。
この一ノ峯のお塚はどんな御利益を願ったのでしょう。
末広大神ということで、芸能関係や商売をする人など、何事も末広がりに行き渡るようにと築いたという。

一回りして石段の前まで戻ると、上で何かをしていたようだが、忘れてしまった。
笑いを誘うような、記念に写真を撮っておこうと思わせるような何かだったに違いない

        伏見稲荷3 京都の街を眺める←    →伏見稲荷5 お山する2

関連項目
伏見稲荷2 鳥居のトンネル
伏見稲荷1 狐の銜えているもの

参考にしたもの
「伏見稲荷全境内名所図繪」 吉田初三郎筆 伏見稲荷大社鳥瞰図(1925年) 稲荷山共栄会発行
BS11の「古地図で謎解き」という番組の伏見稲荷編