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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2014/06/03

メアンダー文を遡る



調べた中で最も古い卍繋文は、アテネ、新アクロポリス美術館のコレー像の着衣だった。
英語ではどちらもメアンダー文だが、卍繋文ではないメアンダー文を遡ってみると、

アッティカ黒像式腹部アンフォラ 前530年頃 エクセキアス ヴルチ出土
前570-550年頃 ダモスの画家 コリントス黒像式ヒュドリア部分 チェルヴェテリ出土 ルーヴル美術館蔵
肩部には、3本の線が直線的に蛇行しながら文様帯をつくっている。その直流を阻んでいるのが、文様帯の上下交互にある四角形だ。卍繋文のサイコロ文に繋がるのではと期待するが、果たしてこれはメアンダー文だろうか。
「アキレウスの死を嘆き悲しむネレイスたち」という場面の左右には、メアンダー文がある。

アッティカ黒像式腹部アンフォラ 前530年頃 ヴルチ出土 ヴァティカーノ美術館蔵
賽を振るアキレウスとアイアスのうちアイアス
二人とも同じような模様の服を着ている。文様帯が上着のあちこちにあって、波頭文のようなものもあれば、メアンダー文もある。このメアンダー文は角形の渦巻文と表現したくなるほど、巻きが多い。
面白いのは、ところどころに先が四角く巻いた卍があることだ。

アッティカ式黒像式アンフォラ頸部 前610年頃 ネッソスの画家 アテネ出土 アテネ考古博物館蔵
「ネッソスを退治するヘラクレス」の場面左右と、両耳にメアンダー文らしきものがある。黒い線は中央で途切れているが、地がS字形メアンダー文になっている。

アポロン神殿メトープ 前620年頃 テルモス出土 テラコッタ 高さ55㎝ アテネ考古博物館蔵
同書は、プロト・コリントス式陶器画の細密技法を大がかりに用いた貴重な遺品であるという。
メアンダー文は、前後の渦状のものに繋がっているものだが、ここでは角形の波頭文のように、文様の中央で黒い線も白い線も途切れている。これはメアンダー文ではないかも。
メアンダー文を探していたのに、別のものを発見した。
ペラ考古博物館でみた木製寝台の装飾品がここにも描かれていた。
ガラスや金箔を使ったこのような装飾は、ずっと以前からギリシアにあったのだ。
婦人の袖にはパルメット文もある。


神殿模型 前8世紀末 アルゴス、ヘライオン出土 テラコッタ 高さ45㎝ アテネ考古博物館蔵
『世界美術大全集3エーゲ海とギリシア・アルカイック』は、この模型そのものの制作年代は屋根や壁面に施された幾何学文様から判断することになるが、屋根に描かれた犬歯文と砂時計文は中期幾何学時代、斜行メアンダー文はとりわけアルゴスの後期幾何学時代、曲線的な植物文はアルカイック時代初頭にそれぞれ特徴的な文様であり、確定的な年代設定は困難である。犬歯文と砂時計文を家屋模型ゆえの特殊性とみなして、前8世紀の末と年代づけるのが目下のところ最も妥当と考えているという。
この左上がりの階段状の文様を斜行メアンダー文というらしい。

少女像(頭部のみ) 前730年頃 象牙 アテネ、ケラメイコスのディピュロン門脇第13号墓出土 アテネ考古博物館蔵 
同書は、頭上に載せたポロスと呼ばれる円筒形の冠のまわりに連続メアンダー文が彫り込まれているという。
かってに名前を付けると、波頭形メアンダー文かな。

アッティカ後期幾何学式オイノコエ 前750年頃 アテネ、ファレロン地区出土 コペンハーゲン国立美術館蔵
同書は、重層する菱形文は内部を市松文や組み合わせ卍文で交互に塡められてきらめき、大型の卍文(スワスティカ)は地の部分に描かれたジグザグ文によって動感を与えられるという。
頸部には枠内いっぱいに単純な蛇行を繰り返すメアンダー文。
肩部には二重S字形メアンダー文、そして単独の大きな卍文がある。卍文は日本のものと方向が逆だが、スワスティカという名称があったのだ。覚えておこう。
胴上部には簡単なS字形メアンダー文、胴下部にも単純な蛇行のメアンダー文。
そして、胴中央部の菱形文の文様帯には、ヴルチ出土アッティカ黒像式腹部アンフォラでアイアスの着衣にあったのと同じ文様が鏤められている。組み合わせ卍文という名があった。これも忘れないようにしよう。

アッティカ後期幾何学式アンフォラ 前760年頃  アテネ、ケラメイコス第2あるいは第4号墳墓出土 高さ155㎝ アテネ考古博物館蔵
同書は、骨壺の真上に据えて供物入れの役目を果たしたもので、神酒や供物が地中の死者に届くように底部に小さな穴が開けてある。同時にその巨大な大きさと主画面の画題に、墓ないし死をモニュメント化する意図も読み取ることができよう。
把手の間の主画面は骨壺の主の葬礼(プロテシスという)の様子を描いたもので、中央の棺台に遺骸が横たわり、その両側や棺台の下(実際は棺台の前)で遺族が両手を頭に載せて哭礼している
という。

この葬礼図についてはいつの日にか。

『ギリシア美術紀行』は、3本一組の水平な線、その数なんと30(32)組、それらによって器面は大小様々のフリーズに分割され、そのフリーズの幅がそれらが配置される器の部分の胴回りの大小と微妙な相互関係にある。12の帯に4種類のメアンダー文様が使われているという。
メアンダー文はもっと種類があるように感じた。
文様は極めて幾何学的なのに、耳(把手)は角の大きな羊か山羊の頭部のよう。
主題画だけでなく、耳の部分にも葬礼図の続きがある。
頸部には、山羊が右向きに並ぶ図が2段ある。上では草を食み、下では地面に腰を下ろして後方を向いている。これは主題画と関係があるのだろうか。

アッティカ中期幾何学式アンフォラ 前850年頃 アテネ出土 アテネ、ケラメイコス美術館蔵
同書は、時代の豊かさは、陶器の装飾法にも見て取ることができる。器体を一巡する文様の帯がしだいに太くなり、把手間のパネルも大きくなり、それに応じて文様の種類も増え豪華になる。メアンダー文が上下2段に重層し、あるいは銃眼文と組み合わされ、さらに菱形文や山形文(シェブロン文)が加わって器のほぼ全面を幾何学文が覆い尽くす後期幾何学様式の装飾法への第一歩が始まるという。
頸部には単純な蛇行のメアンダー文。帯の中が斜線ではなく、輪郭も入れると4本の平行する線で表されている。
胴中央には縦にS字形メアンダー文、これは斜線で埋められている。
6本の同心円文の内側に地を十字に抜いた大きな黒い円があるのが銃眼文というものか。

アッティカ初期幾何学式アンフォラ 前880年頃 アテネ出土 アテネ、アゴラ美術館蔵
同書は、まず初期幾何学様式時代(前900-850年頃)に、曲線を中心とした同心円文や波文に代わって、メアンダー文や銃眼文といった直線的な幾何学文が登場する。そとてその文様を帯状に器体の主要部分(多くは胴部の最も太いところ)に水平に巡らせるという。 
これが今わかる範囲では最古のメアンダー文である。

骨壺 アッティカ原幾何学式アンフォラ 前950年頃 アテネ、ケラメイコス第15号墳墓出土 高さ41.5㎝ ケラメイコス美術館蔵 86-130
同書は、器形は亜ミュケナイ期のの同型器とほぼ共通し、把手の間に太い波線を描き、その上下を数本ずつの水平線で囲い、壺の肩部に主装飾を入れている。しかし一方では純ギリシア的要素の萌芽も認められる。同心円がきわめて正確に描かれているのもその一つである(コンパスに束ねた筆を添えて描いたものと考えられている)。
同心円を2個だけ取り出し、しかもそれを把手のちようど中間に配置することによって、壺全体に正面性を与えている。構築性を旨とするギリシア的造形感覚が早くも姿を表しているといえようという。
定規やコンパスを使って正確さを追求してはいても、まだここにはメアンダー文は登場していない。胴部の太い波線は2本描かれているが、ひょっとすると、これが曲線ではなく、平行する直線となり、直角に曲がることによって、メアンダー文になっていくのかも。

おまけ
幾何学文彩文土器 前2千年紀中葉 イラン、セギザバード出土 岡山市立オリエント美術館蔵
オリエント美術館には、このような大きなメアンダー文のある土器が数点所蔵されている。それらはこのような平行線だったり、塗りつぶしだったりする。
ギリシアではメアンダー文は一般的に斜線で埋められているが、中にはこの作品と同じように4本の平行線のものもあった。しかし、時代と出土地が違い過ぎるので、似て非なるものだろう。

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関連項目
卍繋文の最古はアナトリアの青銅器時代
ギリシア雷文
卍文・卍繋文はどのように日本に伝わったのだろう
生命の樹を遡る
古代マケドニア3 ベッドにガラス装飾

※参考文献
「世界美術大全集3 エーゲ海とギリシア・アルカイック」 1997年 小学館
「ギリシア美術紀行」 福部信敏 1987年 時事通信社
「岡山市立オリエント美術館館蔵品図録」 1991年 岡山市立オリエント美術館