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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2023/04/25

刻線装飾のイスラーム・ガラス


イスラーム圏にはラスター・ステイン装飾ガラスがあり、ラスター彩が陶器に使用されるようになると消滅したことを知った。
他に特徴的なものには線刻装飾ガラスというものがあり、法門寺出土の大型盤はほぼ完品である。

『イスラーム・ガラス』は、カット装飾の一つである刻線装飾ガラスは、ラスター・ステイン装飾と同様、8世紀後半には登場したと考えられている。9-10世紀の層から刻線装飾ガラスが出土した遺跡には、枚挙にいとまがなく、この時期に刻線装飾が広まったことがわかる。という。

藍玻璃刻花葡萄唐草文盤 9世紀 イスラームガラス 高2.3㎝口径20.2㎝ 陝西省扶風県法門寺真身塔塔基地宮出土 法門寺博物館蔵
『世界美術大全集東洋編5』で真道洋子氏は、法門寺の地宮は乾符元年(874)に埋納されて以来開帳されておらず、約20点のガラス器を含む9世紀末までの文物をよく保存している。
盤の内側に先端のとがった道具で複雑な幾何文が彫られており、鍍金されているものもあるという。
中央の矩形に石畳文が彫られているが、その線が微妙に真っ直ぐでないために味わいがある。イスラームの文様らしく、組紐の輪郭で仕切られ、その四面を尖頭アーチが囲む。そのモスクのドームのような形の中には日本でいうと蛸唐草のような、かなり弁化した蔓草が弧を描き、楓の葉のようなものが色を変えて表されているが、これは花だろう。
石畳文だけでなく、文様の背景に極細の線が密に彫られていて、金粉あるいは金箔を埋め込む沈金のような仕上がりになっているのだろう。
また盤の形だが、幅のある口縁部が平たく外側に開いている。
法門寺博物館蔵陝西省扶風県法門寺真身塔塔基地宮出土藍玻璃刻花葡萄唐草文盤 9世紀  『世界美術大全集東洋編5』より


忍冬文大型盤 法門寺地下宮殿出土 陝西法門寺博物館蔵
『ガラスの来た道』は、内面に線刻文で忍冬文を施して金箔をはめ込んだ忍冬文皿という。
蒔絵の一種、沈金のように仕上げてあるのだろう。
上の作品に似た蔓草文が8つ、内側を向いて弧を描き、外側には組紐文が巡っている。
口縁部は上の作品と同じく外側に開いている。
陝西省法門寺地下宮殿出土同博物館蔵線刻装飾ガラス大型盤 『ガラスの来た道』より


カット装飾ガラス盤 ニーシャープール出土 メトロポリタン美術館蔵
菱形繋文や蔓草文とともに、樹木、あるいは果樹が枠いっぱいに表されている。こんな具象的な植物文はイスラーム美術では珍しいのでは。
口縁部は斜めに立ち上がった状態で終わっている。
ニーシャープール出土メトロポリタン美術館蔵刻線盤 『イスラーム・ガラス』より


線刻装飾ガラス 8世紀後半? メトロポリタン美術館蔵
『イスラーム・ガラス』は、脚付杯が珍しい器形としてあげられる。
この器形はラッカ出土の多彩ラスター・ステイン装飾ガラスの器形とも近似しており、さらに、フスタートの8世紀後半のピットからも同器形の製品が出土していることから、ジェンキンスはこの杯の年代を8世紀後半まで遡ると示唆しているという。
上から、鋸歯文、アラビア文字の文、並ぶ円文、円文を内包する菱形繋文がラフなーに線刻されている。このような円錐形のものに刻線を施すのは困難と思われる。
坏部の底部から脚部なかけて透明なブルーが美しいが、これはもともとブルーガラスで作られていて、分厚い箇所が濃く見えているのだろう。
メトロポリタン美術館蔵線刻装飾足付坏 『イスラーム・ガラス』より


『イスラーム・ガラス』は、ラーヤ遺跡からは、刻線装飾ガラスが居住地区から20点、城塞地区から133点、合計153点出土している。居住地区から出土した20点中、17点が9世紀のゴミ層もしくは表層の出土であり、大部分が9世紀の製品であった。しかし、居住地区の8世紀後半の遺構の部屋の上層から出土した3点は、9世紀以降の製品と比較して、文様が精緻で刻線も丁寧に彫り込まれている。化学組成を見ても8世紀エジプトの化学組成(N2-1 タイプ)である。
城塞地区および居住地区ゴミ層から出土した9世紀以降の刻線装飾ガラスは、青、濃青、紫、褐色などの着色されたガラスの上に刻線を施した割合が高い。色ガラスに細く刻み込んだ線は、白く、くっきりと見える効果がある。
ラッカ出土の刻線装飾ガラスの中の1点は、口縁が外反する碗の形状をしている。これは、フスタートから出土した、アブドゥッサマドの名のある8世紀後半に製作されたラスター・ステイン装飾ガラスと共通している。刻線装飾ガラスに関しては、これまで研究者が指摘していた8世紀後半に登場した事実を、ラーヤ遺跡の出土品からも実証することができたという。

刻線装飾大型盤 RG-2257 ラーヤ出土
文様がはっきり見えないが、実測図が記載されていた。
ラーヤ出土線刻装飾ガラス大型盤 RG-2257 『イスラーム・ガラス』より


線刻装飾ガラス大型盤実測図 ラーヤ出土
同書は、という。
これまで見てきた線刻装飾ガラスとは異なった文様が施されている。
ラーヤ出土線刻装飾ガラス大型盤 『イスラーム・ガラス』より


同書は、年代の下限に関しては、中国の静志寺仏塔遺構(10世紀末に封印)やセルチェリマヌ沖の沈没船の発掘で発見されていないことから、10世紀末には、ほかのカット装飾とともに補助的に使用されることはあっても単独の装飾技法としては姿を消していたようであるという。
このような細かい線刻を受け継ぐ人が絶えてしまったのか、それとも好みが違ってしまったのか。



参考文献
「イスラーム・ガラス」 真道洋子著・枡屋友子監修 2020年 名古屋大学出版会
「世界美術大全集東洋編17 イスラーム」 1999年 小学館
「世界美術大全集東洋編5 五代・北宋・遼・西夏」 1998年 小学館
「ガラスの来た道 古代ユーラシアをつなぐ輝き」 小寺智津子 2023年 吉川弘文館