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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2016/03/25

マルグシュ遺跡の出土物2 青銅製印章


マリの博物館で、マルグシュ遺跡の出土物で一番たくさん展示されていたのは、こんな小さなもの。
衣服に付ける飾りかと思ったら、青銅製印章だった。
左手前には二羽の鳥。
同じケースの反対側から見ると、
花を表したものが多いが、5点星もすでにある。
全体にみて円形のものが多い。
左のものは三日月が4つあるようにも見えるし、右のものはギラギラ照りつける太陽のようでもある
四角形もあったりする。これを粘土に当てると印影は四菱になりそう。

博物館で買ったのか、それとも現地ガイドさんがくれたのか、よく覚えていないが『Marguş』という冊子が手元にある。そこには青銅製の印章の表側の図版が掲載されており、数は少ないものの、一目で何を表したものかがわかるし、線刻による細かい表現も施されている。

獣(ライオン?)に乗る有翼の神(女神)像
2匹の蛇に噛まれる猛禽または2匹の蛇を従えて空に舞う猛禽
玉座で杯を手にする王?
これは印章と印影だが、印影には細かな表現はない。おそらく、このように粘土に刻印した後、篦などで目や口、着衣の文様などを線刻したのだろう。

かなりの数の青銅製印章が出土しているが、少ないとはいえ石製のスタンプ印章もあった。
左上などはカエデの葉を表したようにも見えるが、石製のものはあまり優れた出来栄えとは言い難いのは、持つ人の身分の差なのだろう。
印影も展示されていた。

吠える犬?
印影があっても、何を表しているのかほとんどわからない。
円筒印章もあったが・・・

しかしながら、これらが全てマルグシュ遺跡で製作されたものなのだろうか。
というのも、『アフガニスタン悠久の歴史展』でも似たような印章が展示されていたからだ。

鷲文印章 前2000-前1900年頃 バクトリア出土 銅 直径7.5㎝ 個人蔵
同書は、鷲は好まれたモティーフのひとつで、表現例は多いという。
両足が左右斜めに出て、周囲の組紐文を掴んで空を飛んでいるようだ。

『世界美術大全集東洋編15中央アジア』は、このような美術を生み出せる社会は、どのような条件で成立したのであろうか。
考古学の立場からすれば、それは食糧を中心とする生産力の増加率と人口増加率とのバランスにあると考えられる。まったく新しい環境を開発し、あるいは新しい生産様式を確立し、人口増加を上回る食糧生産が可能となった場合、生活水準は向上し、人間はある程度の余裕をもって暮らすことができる。そのような背景のもとに生まれる美術は率直な写実的なものが多く、時代を超えて共感できる普遍的なものとなりうるだろう。
しかし、歴史的に長い視点でみれば、このような生産力の伸びはかならずそれを上回る人口増加によって阻害されるのである。バクトリア青銅器文化の場合も、もっとも輝かしい美術作品を残したのはその前期(前2200-1800年頃)であり、その後はほとんど見るべきものはなくなっていく。社会の不安定要因が増大し、環境の破壊や生活の困窮が進行しつつあったのであろうという。
マルグシュ遺跡のあるマルギアナとバクトリアについて『シルクロードの古代都市』は、マルギアナは古代において、西方でパルティア、北東でソグド、東でバクトリア、南でアレイアと接していた。
1969年にはソ連・アフガン共同考古学調査団が編成され、青銅器時代の遺跡サパリテパ、ジャルクタン、アムダリヤ中流部左岸(アフガン領)ティリャ・テペ、ダシュリ1号と3号などが発掘調査され。マルグシュとの遺跡の比較が可能になった。その結果サリアニディは1976年、「バクトリア-マルギアナ考古学複合」(BMAC)という仮説を提起したという。
マルグシュ遺跡でもバクトリアと似たようなものが作られたとしても不思議ではないのかも。

青銅製の印章は、バクトリアよりも南方、モヘンジョダロよりも北にあるムンディガク遺跡からも出土している。

印章 ムンディガク出土 前2800年頃 青銅 2.7X4.2、2.6X3㎝ ギメ国立東洋美術館蔵
『アフガニスタン悠久の歴史展図録』は、ムンディガク(カンダハルの北西55㎞)の発掘による出土品。ムンディガクの第4期、すなわち前3000-前2500年の層から発見されたものである。この時代は、この町の広がりが50haにも達しようとしていた絶頂期にあたる。町は日干レンガで築かれた城壁に囲まれ、方形の稜堡を備えていた。城内には、半円柱に飾られた階段のついたプラットホームや、カザルが神殿と考えた三角稜堡を備えた2重壁の巨大建造物など、記念碑的な建造物が複数あったという。
同じ時代に石製の印章も作られていた。

印章 ムンディガク出土 前2800年頃 クロライト 5.5X3㎝ ギメ国立東洋美術館蔵
同書は、印章は所有権を明示するためや封泥に押すものであるが、中央アジアでは装身具に用いたり、土器に文様をつけるための道具として使われた。波線や交叉を組み合わせて巧みに模様を創り出しているという。
装身具というのは、服地に文様を染めたということではなく、印章そのものを衣装に付けたということかな。


  マルグシュ遺跡の出土物1 青銅製車輪の箍(たが)← 
             →マルグシュ遺跡の出土物3 祭祀用土器が鍑(ふく)の起源?

関連項目
マルグシュ遺跡の出土物5 女神像
マルグシュ遺跡の出土物4 モザイクの聖櫃
マルグシュ遺跡4 王族の墓巡り
マルグシュ遺跡2 王宮


※参考文献
「シルクロードの古代都市 アムダリヤ遺跡の旅」 加藤九祚 2013年 岩波書店(新書)
「世界美術大全集東洋編15 中央アジア」 1999年 小学館
「アフガニスタン 悠久の歴史展図録」 前田たつひこ監修 2002年 NHK・東京藝術大学
「Marguş」 Marysyyahat