お知らせ

忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2012/12/14

敦煌莫高窟8 285窟の天井を翔る雲気


285窟は大きな窟である。
『敦煌の美と心』は、第285窟には、甬道をくぐりぬけると、奥行6mの主室があり、奥正面には3つの仏龕、左右に1m四方の禅定窟が4つ設けられている。ここは仏龕に安置されている尊像を観像し瞑想するための窟であり、房室は人が坐れる程度の広さしかなく、インド石窟のヴィハーラ窟と類似するものの、寝起きすることはできない。
天井は伏斗形で中心部にラテルネンデッケの図様をえがき、四面には神獣や神々がかけめぐる。
この窟は現存する最古の造営紀年銘をもっている点で重要である。北壁の供養者群像の中の造営発願文に、大代大魏大統四年歳次戌午八月中旬造とある。大統とは西魏の文帝の年号で、538年にあたる。この他にも「大統五年四月廿八日」「大統五年五月廿一日」という二つの紀年銘があることからして、足かけ2年の歳月をかけて造ったのであろうかという。
『敦煌三大石窟』は、窟中央には高さ約30㎝、約2.8m四方の壇が築かれているが、壇の中央にはかつて塔が立てられていたという。この中央の壇が戒壇だとすれば、第285窟は禅行の場であると共に、受戒の場すなわち戒壇院であった可能性があるという。
前回見学した時は、入ってすぐにこの金属製の柵に気づいたが、上を向いて天井を眺めている内に、この柵の存在を忘れていた。だからといって柵にぶつかることもなかったのは、石窟専門ガイドの丁さんと我々だけという少人数での見学だったので、丁さんのすぐ後について回ったからだろう。
285窟も陳列館にコピー窟がある。下の画像の中で、書名のないものは、コピー窟の写真です。

同書は、西壁壁画は、正面大龕の両側に多面多臂の像や象頭、童形のインド的な画像があらわされている。
大龕南側の三面六臂の画像は韋紐天と考えられるが金翅鳥は描かれていない。インドのバラモン教とヒンドゥー教ではヴィシュヌ神とされ、仏教にとりいれられて守護神とされた。奈羅延天ともいう。
大龕北側の三面六臂の画像は、大自在天である。バラモンとヒンドゥー教ではマヘーシュヴァラとするが、普通シヴァ神とよばれる。これも仏教にとり入れられて護法の神とされた。
このように第285窟の西壁は題材の上でインド的な内容をもつだけではなく、表現のうえでも他の三壁・天井と異なっている。まず他の壁面の地色が白色なのに対し、西壁は代赭色で北魏の伝統を守っている。人物も表現も他壁が新しい内地の眉目秀麗なすらりとした容姿を採っているのに対し、西域的なエキゾチックな面貌がめだつ。明らかに表現技法が違うのは、正壁の完成年が早かったか、あるいは正壁のみを意識的に敦煌の伝統ある画工集団に請け負わせた可能性もあるという。
いつも枝葉の事柄が気になる私は、龕楣が壁だけに収まりきらず、伏斗式天井にまで侵入して作られているのを面白く見た。
石彫でも、龕楣だけでなく、光背にも同様に上にはみ出して表されているのを見たことがある。それについてはいつの日にか。
また、西壁の地色が代赭色というのは、『絲繡の道2敦煌砂漠の大画廊』に記載されていた顔料のうちでは⑥赭石のベンガラだろう。
顔料についてはこちら
敦煌莫高窟の窟内では西壁が正壁で、最も主尊が安置されるなど重要な壁面だが、どうしても天井の方に目が向いてしまう。天人だけでなく、様々な神々が駆け巡る図とその間に描かれた運気文が素晴らしい。

藻井
コピー窟は照明されているといっても下からのライトの為、天井部分はあまり明るく写せなかった。
伏斗式天井の頂部は三重のラテルネンデッケになっている。外枠から一段高くして2つの正方形が描かれていて、半立体的なラテルネンデッケだ。
その中には天人の姿はなく、
その外側には三角垂飾が2段描かれている。それについてはこちら
垂飾の四隅から伏斗式天井の角の線に沿って饕餮の頭がある。これは饕餮の頭部が風鐸の一部になっている程度に思っていたが、今回の解説員である敦煌研究所の王さんは、虎の顔の饕餮が口に念珠を銜えているという。
確かに饕餮の口の中に丸い玉が一つ入っていて、その下には黒い玉(黒く変色しているが当初は赤かったのだろう)と青い玉が交互に連なっていて、しかも、その玉はトンボ玉であるかのように、それぞれ2本の横縞まで描かれている。
饕餮についてはこちら

西坡
上段 中央には②③飛天が向かい合い、その両端には太鼓を叩く①④雷神
中段 両側にいるのは⑤⑥飛廉(『中国石窟敦煌莫高窟1』より。以下も同じ)
飛廉は中国の神話伝説に登場する獣頭鳥身の神獣(『中国 美の十字路展図録』より)というが、ここではコバルトブルーの翼を持った獣として描かれているように見える。
飛廉についてはこちら
龕楣の上 A-蓮華から化生する童子が鮮花を盛った大盆を頭上に掲げる
下段 ⑦朱雀、⑧飛天、⑨名称不明の鳥に乗った仙女、⑩飛天
南坡
上部 中央にB-蓮華の中に摩尼宝珠、両側に⑪⑫飛天
中段 ⑬飛廉や⑭烏荻
下段 ⑮開明、⑯烏荻、⑰飛天、⑱朱雀、⑲兔耳の羽人、⑳烏犾(草冠がつく)
『中国石窟敦煌莫高窟1』は、同じ西魏時代に開かれた249窟の伏斗式天井に描かれた開明について、中国の古代神話に登場する天獣「開明」は、窟頂の東・南・北に3対ある。北の開明は13の首、南の開明は11の首、東の開明は9の首がある。
山海経には、開明獣は「人面の9つの首がある」
という。

開明についてはこちら
東坡
上段 C-中央に開敷蓮華と摩尼宝珠、その左右は人面蛇身㉑伏羲と㉒女媧で胴部には太陽と月の中に三足烏と蟾蜍、手には定規とコンパス。人類創造の神々で、日月神となった
蟾蜍についてはこちら
中段 ㉓飛廉
下段 ㉔開明、㉕㉖力士、㉗烏犾(草冠がつく)、㉘飛天
北坡
上段 ㉙飛廉、㉚㉛飛天、D-その間に托生
中段 ㉜霧を吐く雨師、㉝飛天、㉞人面鳥、㉟雨師
下段 ㊱朱雀、㊲飛天、㊳鉄鉆を持つ霹電、㊴幡を持つ童子の飛天、㊵鹿に似た背中に翼の生えた飛廉、㊶開明
㉞の人面鳥は、迦陵頻伽とは別の鳥を描いたものらしい。迦陵頻伽は唐時代以降に描かれるようになった。
それについてはこちら
見ただけでは⑭⑯⑳㉗の烏犾(草冠がつく)と㉜㉟の雨師との区別がつかない。㊳の霹電も鉄鉆を持っていなければ、烏荻や雨師と見分けられない。
『敦煌石窟精選50窟鑑賞ガイド』は、249窟の伏斗式天井西面について、阿修羅の両側に風雨雷電の四神が対峙するという。その壁画では、雨を降らせる雨師は風神の下で、口から霧のようなものを吐く。霹電の方は雷神の下で両手を広げて踏ん張っているだけだ。
古い中国の神々を見極めるのは不可能に近い。
しかしながら、285窟の伏斗式天井の壁画が素晴らしいのは、中国古来の神話の神々や仏教の飛天などが宙に浮いたり、疾駆しているのが生き生きと描かれているというだけではない。その周囲に、天花と呼ばれる回転しているような花状のものや、二つの青い点、そしてそれらの間を流れているような細い赤い線などが描かれている。
天井は、総称で雲気と呼ばれているそれらによって、天人や神々たちが天井を駆け巡っているような効果をもたらしている。それを眺めていると、酔ってしましそうで、四壁の下にまで目が向かわなかったのだった。

関連項目
敦煌莫高窟7 迦陵頻伽は唐時代から
法隆寺金堂天蓋から2 莫高窟の窟頂を探したら
ラテルネンデッケといえば敦煌莫高窟だが
アカンサス文と忍冬紋
五弦琵琶は敦煌莫高窟にもあった
鐙と鉄騎 何故か戦闘に引き込まれて
敦煌莫高窟285窟の辟邪は饕餮
第63回正倉院展5 臈纈染
飛廉は花の名にも
動物頭の鹿角は中国の開明に?
月のウサギ

※参考文献
「敦煌の美と心 シルクロード夢幻」 李最雄他 2000年 雄山閣出版社
「敦煌三大石窟 莫高窟・西千仏洞・楡林窟」 東山健吾 1996年 講談社選書メチエ74
「中国 美の十字路展図録」 2005年 大広
「中国石窟 敦煌莫高窟1」 敦煌文物研究所 1982年 敦煌文物研究所
「敦煌石窟 精選50窟鑑賞ガイド」 樊錦詩・劉永増 2003年 文化出版局