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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2008/05/23

皇龍寺址の回廊は幅が広すぎる?


慶州博物館の模型を見ると、回廊と各建物が境内を埋めているように感じた。同博物館図録には上空からの写真があった。やっぱり、建物の大きさに似合わない境内の空間やなあ。 
回廊も幅が広いなあ。よく見ると礎石が3つ並んでいる。法隆寺の回廊山田寺の回廊の2倍近い幅があるのかも。 しかし、日本でも8世紀後半に完成した東大寺の回廊が3つの礎石が並んでいるが、それ以前の薬師寺の回廊も3つの礎石が並んでいる。
薬師寺は天武天皇が創建し、文武天皇2年(698年)に完成した(飛鳥の地に、後に現在地に移転)ので、645年に完成した皇龍寺の50年程後のことだが、どちらも唐時代の新しい様式を採り入れたので、回廊に3本の円柱が並んでいるのかも。 1世紀ほど時代は下がるが、東大寺には東西2つの七重塔(高さ約100m)が建っていたらしい。それが本当なら、皇龍寺の高さ80mあまりの九層の木塔よりもずっと高かったのだ。この時代、東洋では高層建築が流行っていたんやなあ。

※参考文献
「国立慶州博物館図録」(1996年 通川文化社)