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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2015/06/16

ササン朝の首のリボンはゾロアスター教



サマルカンド歴史博物館に再現されているイッシュヒッド宮殿の壁画(7世紀後半)には咋鳥文やシームルグ文などもあったが、羊文もあることを想像復元図で知った。
それについてはこちら
左に描かている羊文がこのようだったという。
角は左右に開いて曲がり、顎鬚があり、咋鳥が銜えている首飾りのようなものをして、その端についたリボンが風で靡いている、体には鋸壁文のようなものがある。
見るからにササン朝っぽい。

羊に首飾りや後ろになびくリボンがついたのは、いつ頃だろうか。
自分がまとめたものでさがしてみたが、西方にあまり古い例はなく、アスターナ古墓群出土の高昌国時代のものだった。

霊獣灯樹文錦 五胡十六国-麴氏高昌国時代(5-6世紀) 絹 アスターナ186号墓出土
『シルクロード絹と黄金の道展図録』は、雄々しい角を持った雄羊ではあるが、頸にはササン朝の動物にしばしば登場するリボンをなびかせるという。
ただし、角は巻いていない。

連珠円文の中の鳥がリボンをつけた例も、あまり早いものはなかった。

鳥連珠文錦(部分) 経か緯か不明 唐(7世紀) 長28㎝幅16.8㎝ アスターナ134号墓出土 新疆ウイグル博物館蔵
『中国★文明の十字路展図録』は、黄土色の地に、赤や白などの色糸で文様を織り出した錦である。鳥と連珠文による文様帯を上下に配している。連珠文は白い連珠からなり、左右の連接部分を赤地 の方形で飾っている。連珠文の中は赤地に2羽の鳥が対面し、いずれも頭上に三日月と太陽を表す円形を戴き、台の上に立ち、首にはリボンが付く。なお、この錦が 出土した墓からは、唐の龍朔2年(662)の墓誌が出土しているという。

リボンはまっすぐ水平に表され、風にたなびく気配はない。


鴨連珠円文壁画 7世紀 キジル 縦52横110 ベルリン国立インド美術館蔵
『三蔵法師の道展図録』 は、キ ジル石窟の第60窟(最大窟)からドイツ隊によって採取されたもの。正壁に大仏を取り付けていた大きな石窟で、その側壁にベンチ状の台を設け、そこに仏像 が並べられていた(現在欠)。この壁画はその台の前面を飾っていた。連珠を円環形に配し、内部に首飾りをくわえる鴨を描いたもので、互いに向き合うように 2つずつメダイヨンがセットになっている。頸にリボンを翻した鴨はデザイン化した表現で、バーミヤーンをやアフラシアブの壁画に近いという。

リボンの端が2本、風翻っている。

では、このようなリボンの最初はなんだったのだろう。ひょっとすると、それは王の背後になびくリボンではないかと、羊を探しているうちに気付いた。

ペーローズ1世牡羊狩り文皿 銀・鍍金 径21.9㎝ ササン朝(5世紀末) イラン出土 メトロポリタン美術館蔵 
『世界日大全集東洋編16西アジア』は、帝王が数頭の牡羊を追跡して狩るいわゆる追跡型狩猟の典型的な図柄を表している。帝王は2つの矢狭間と三日月よりなる王冠をかぶり、その上に大きな三日月と球体装飾を戴いているという。
2本の銀色の帯状のリボンの端が右手の上で翻っているが、そのリボンはどこに付いているのかがわからない。細い頸飾りだろうか。
また、右脇からは金色の薄く幅の広いリボンの端が波のようにたなびいていて、これもどこから出たものかはわからない。

ナルセー王叙任式図 ササン朝(293-303) 摩崖浮彫 縦3.5m イラン、ナクシェ・ルスタム

『世界日大全集東洋編16西アジア』は、右端には城壁冠と「アーケード冠」を合成したような冠をかぶったアナーヒーター女神を配し、その女神から正当・正統な王位の標識たるリボンのついた環を右手で受理せんとするナルセー王を描写している。国王の王冠も「アーケード冠」である。国王の衣装のなかで注目すべきは、胸帯の背の部分に結ばれた大きなリボンの先端に円形の装飾が加えられている点であろうという。
その円形の装飾がよくわからなかったが、王のつけたリボンは、環から出たものだった。
しかも、リボンは王位を正当・正統であることを示す環に付いているもので、このような壁画には欠かせないものだった。その環は首に巻くのだろうか、それとも鉢巻のように頭につけるのだろうか。

バフラム1世騎馬叙任は城壁冠式図 ササン朝、273-276年 摩崖浮彫 縦5.35m イラン、ビーシャープール
同書は、向かって右側の帝王がバフラム1世であることは、太陽神ミスラの旭光冠をかぶっていることから判明する。向かって左側のアフラ・マズダー神(ホルムズド)は城壁冠をかぶっている。その右手でディアデム(環)を握り、それをバフラム1世に授けようとしているのであるが、環に結ばれたリボン(鉢巻き)は風にたなびき、バフラム1世はその環をつかんでいるにすぎないという。
環は王冠(ディアデム)だった。リボンが大事なのではなく、環が重要なのだった。

アルダシール1世騎馬叙任式図 ササン朝(224-241年) 摩崖浮彫 縦4.28m イラン、ナクシェ・ルスタム
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、画面構成は左右対称的で、向かって左に騎馬のアルダシール1世、右に同じく騎馬のアフラ・マズダー(ホルムズド)神を描写している。帝王は王位の標識たるディアデム(リボンのいた環)を頭につけ、頭上には大きな球体(宇宙の象徴)を戴いている。神は城壁冠をかぶり、左手でバルソム(ゾロアスター教の聖枝)を持ち、右手には正当・正統な王位の標識たるディアデムを持ち、帝王に授けようとしているという。
それとも、この「リボンのついた環」がディアデムとして一体なのだろうか。

アルダシール1世銀貨(表) 銀 ササン朝(224-241年) 平山郁夫氏蔵
『ガンダーラとシルクロードの美術展図録』は、鷲文と耳覆いのあるティアラ冠を戴く、右向きの国王胸像という。
同王の銀貨には、ディアデムははっきりと表されず、リボンも短い。

ティアラ冠にしろ、ディアデムにしろ、リボンは王の冠につけられるものだったようだ。ササン朝は浮彫にもあるように王権神授なので、その宗教であるゾロアスター教にとって、リボンは権威や神聖さの象徴だったに違いない。
リボンが首に巻かれた動物もまた聖別されたものだったが、伝播されていく中で、動物の文様の一部となって、その意味は失われていったのだろう。

     イッシュヒッド宮殿の壁画に羊文

関連項目
連珠円文は7世紀に流行した
連珠円文は7世紀に流行した2

※参考文献
「AFROSIAB」 2014年 Zarafshon
「中国美術全集6 工芸編 染織刺繍Ⅰ」 1996年 京都書院
「季刊文化遺産13 古代イラン世界2」 2002年 財団法人島根県並河萬里写真財団
「天馬 シルクロードを翔る夢の馬展図録」 2008年 奈良国立博物館
「シルクロード 絹と黄金の道展図録」 2002年 NHK
「正倉院裂と飛鳥天平の染織」 松本包夫 1984年 紫紅社
「中国★文明の十字路展図録」 2005年 大広
「西遊記のシルクロード 三蔵法師の道展図録」 1999年 朝日新聞社
「ガンダーラとシルクロードの美術展図録」 2002年 朝日新聞社