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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2014/05/23

エジプトのロータス



アッシリアでは、古くからパルメット(ナツメヤシ)を文様としてきたが、『世界美術大全集東洋編16西アジア』には、パルメット文を伴う蔓性の植物が描かれる。このモティーフはエジプトの影響を強く受けておりという記述があったので、エジプトでパルメットの文様を探してみた。

渇きを癒す呪文 テーベ、ディール・アル=マディーナ、パシェドゥの墓埋葬室壁画 新王国第19王朝、前1250年頃 漆喰、彩色
『図説古代エジプト2』は、ラメセス2世時代の職人パシェドゥの墓は保存状態がよく、埋葬室の壁画は彩色もよく残っている。「死者の書」の呪文が、この墓でも壁画の重要なテーマである。
来世で渇きがないようにするための呪文と挿絵。ナツメヤシのたわわに実る下でナイル河の水を飲む墓主という。
熟した実の重みが感じられるような絵だが、葉はこんな風ではなかったと思う。一番上に亀裂のある大きな葉が四方八方にたくさん出ていた。
運河沿いに生える植物 新王国第19王朝、前1250年頃 テーベ、ディール・アル=マディーナ、センネジェムの墓埋葬室壁画 漆喰、彩色
『図説古代エジプト1』は、ナツメヤシ、ドームヤシのほか、ヤグルマギク、ポピー、マンダラゲ。
砂漠のオアシスに生えるナツメヤシの実は、乾燥させると長期保存ができ、食すれば水を飲まなくてもすむために乾燥地帯では重要な食料である。またハチミツとともに甘味料としても使われるドームヤシもみられるという。
どれがナツメヤシで、どれがドームヤシなのだろう。中段左から3本目の、枝分かれせずに葉が放射状に出ているのがナツメヤシだ。すると、ドームヤシはナツメヤシに似て、実が房状に垂れ下がったものだろう。左端の枝分かれした木や、中央のフェニックスの葉のように広い葉の縁がギザギザになっているものがドームヤシではないだろうか。
ということは、上図に描かれているのは、ナツメヤシではなく、ドームヤシということになる。
果樹のある風景 詳細不明 
『古代エジプト1』は、ロータス(スイレン)は沼地や湖に生育し、夜は水中に沈んでいて、日の出とともに浮かび上がり咲くので、太陽神ラーの信仰と関連づけられ、再生のシンボルとされた。パピルスとロータスの花をかたどったものが、神殿の柱に使われているという。
四角い池には、開花したものを中央に、蕾を両側にした白い睡蓮を1つのまとまりとして、幾組かが水面から出ている。その間を大きな魚や水鳥が泳いでいる。池を草花の植え込みが巡り、その外側には何種類かの果樹が植えられている。
下段の3本は、間違いなくナツメヤシだ。 


このように、エジプトにも育っていたナツメヤシだが、エジプトでは神々と関連づけられるほどの特徴がなかったためか、文様とはならなかった。
文様として一番に思い浮かぶのは、何と言ってもロータスである。

大型容器 新王国第18王朝時代(前1570-1293年頃) 土器、彩色 高さ54.5径36.5㎝ マルカタ王宮址またはアマルナ王宮址出土(推定) ウィーン美術史美術館所蔵
『ウィーン美術史美術館所蔵古代エジプト展図録』は、表面を植物文や幾何学文などで装飾するものから、馬などの動物の姿を生き生きと描いたものまであるという。
頸部は横向きのロータスの花が、花弁とおしべだけめぐる文様帯となっている。
胴部には横からみた開花のものと、上から見た蕾という視点の異なるロータスの花をその間で1回巻いた蔓で繋いでいる。後世に似た文様がないので、これが蔓草文となっていったとは思えないが、見ていて楽しい図柄である。
アマルナ王宮で、あの独特の顔をしたアメンヘテプ4世(アクエンアテン)が家族と使っているのが想像できそうだ。

魚図鉢 新王国、第18王朝、前1400年頃 テーベ、ディール・アル=マディーナ1382号墓出土 ファイアンスまたは陶器 青釉 口径17.0㎝ カイロ、エジプト博物館蔵
『世界美術大全集2エジプト美術』は、鉢の内面には、水を連想させる釉薬の青を背景として、放射状にナイルの魚と植物が配置されている。中央に描かれた四角い図柄は、水をたたえた池を表し、ヒエログリフでも水を意味するジグザグの模様によって内部が埋められている。

2匹の魚の間には、「上エジプトの百合」を中心に、ロータスの花と蕾が配置されている。ロータスの花は日の出とともに花開き、日没とともに閉じることから、再生復活の象徴と見なされていたという。
上エジプトの百合というは、どうやら中央の四角い池から左右に出ているものを指しているらしい。確かに直線的な花弁に描かれたスイレンとは全然違う。左右の曲線的な萼は外反しているが、中央の萼?や他の花弁は直線的という不思議な花だ。

しかし、なんとなく見覚えがある。この花は象牙製スフィンクスの周辺に透彫されたパルメットとされる植物文の元になるものではないだろうか。

スフィンクス 前9-8世紀 新アッシリア、ニムルド、シャルマネセルの城塞出土 象牙 縦6.9横7.75 象牙 大英博物館蔵
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、背景には、パルメット文を伴う蔓性の植物が描かれる。このモティーフはエジプトの影響を強く受けており、フェニキア職人の手による作品であろうと考えられているという。
また、茎は池から出ている1本の他に左右に2本あって、池の角から出るスイレンの茎から出ているようにも見える。
このような複数の茎は、貝殻細工のスフィンクスに表されたロータスの花と蕾の茎に繋がるものだろう。

スフィンクスとロータス 前9-8世紀 新アッシリア、ニネヴェ出土 大英博物館蔵
『アッシリア大文明展図録』は、装飾に使われているデザインは、ニムルド出土の青銅製皿や象牙細工に関連しているものもあるので、シリアやフェニキアの職人の手でつくられた可能性がある。従って、アッシリアから発見された作例は、西方から輸入されたものであろうという。 

ロータスには、文様帯になっているものもある。

木箱の蓋 新王国第18王朝、前1350年頃 テーベ、王家の谷、トゥトアンクアメン墓出土 木、象牙ほか 長さ72.0㎝ カイロ、エジプト博物館蔵
『世界美術大全集2エジプト美術』は、蓋の表面には、トゥトアンクアメンが王妃アンクエスエンアメンから差し出されたパピルスとロータスの花束を受けている場面が描かれている。王夫妻の背景には葡萄の房などがあることから、彼らが葡萄園の小屋の中にいることがわかる。下段では二人の少女が果実を摘んでいる光景が描かれているという。
二人を取り囲む黒っぽいものはブドウの葉や実だった。
3種類の果樹は、外側の枠にも大きく巡って表され、豊かで平穏な様子が描かれている。
夫妻の上側には文様帯があり、そこには下向きのロータスと果実で構成された文様が並んでいる。何故上下逆になっているのだろう。このような文様を描いた天幕でも張っていたのだろうか。

上下逆になったと思われる文様帯は、他にもみられる。

ヌゥとナクトミンの墓室壁画 墓の場所不明 時代不明
おそらくルクソール西岸の貴族の墓か職人の墓だろう。
ヴォールト天井には、頂部にヒエログリフ、左に七宝繋文、右にロゼット文と連続渦巻文が交互に並ぶ。その両外側にヒエログリフ、そしてその両下側にロータスの花と葡萄が逆さまに、交互に並んだ文様帯が描かれている。
この下向きというのは、何か意味があるのだろう。

『世界美術大全集2エジプト美術』は、壁面を構成する要素、壁面上部に表されるフリーズ(上部連続装飾帯)、具体的な内容が表される主題部、それを上下左右に囲むように配されたボーダー(界線)、壁面下部の装飾帯である。こうした壁面の構成は中王国時代には確立しており、新王国時代にも踏襲されている。
フリーズは、第18王朝の頃に葡萄やロータス、花弁などの植物文様が私人墓で多用された一時期を除いて、アメンヘテプ2世の墓やトトメス4世の墓に見られるように、植物の穂先を束ねたような形の、装飾を意味するヒエログリフのケルルが描かれているのが通例である。第19王朝になるとケケルの図形が変化し ・・(略)・・ 再び描かれるようになるという文と共に、他の文様帯が表されている。
そこには、ロゼット文との組み合わせや葡萄との組み合わせ、蕾を上から見た図などが蓮華を表していると見られる。
これらに共通するのは、すべて下向きの文様帯となっていることだ。
それでは、ギリシアのアンテミオンや、中期アッシリアの壁画(前1244-08年頃)のアンテミオン風文様帯が上向きであるのと反対で、モティーフの違いだけの問題ではない。やはり、双方とも、エジプトの影響はないのだった。

しかし、先ほどあげた木箱の蓋の上部の文様帯には、上向きのロータスの花と蕾が、弧を描く茎で繋がり、茎のつくる丸い空間をロゼット文が埋めている。
このような上向きの文様帯は、エジプトでは例外的だったのかも。

それにしても、「上エジプトの百合」というのは気になるなあ。

おまけ
ヌゥとナクトミンの墓に表されたロゼット文も連続渦巻文も、クレタ島のクノッソス宮殿東翼王妃の間にも描かれている。
『クノッソスミノア文明』は、渦巻き模様のフリーズはミノア時代の末につけ加えられたという。
エジプトのものが時代がわからないので、どちらから伝播したものかわからないが、『四大文明エジプト文明展図録』は、エジプトの影響を受けた女王の間の壁面装飾としている。

   アンテミオンはアッシリア?

関連項目
生命の樹を遡る
ギリシアの生命の樹の起源はアッシリア

※参考文献
「図説古代エジプト1 ピラミッドとツタンカーメンの遺宝篇」 仁田三夫 1998年 河出書房新社
「図説古代エジプト2 王家の谷と神々の遺産篇」 仁田三夫 1998年 河出書房新社
「世界美術大全集2 エジプト美術」 1994年 小学館
「ウィーン美術史美術館所蔵 古代エジプト展図録」 監修吉村作治 1999年 TBS
「クノッソス ミノア文明」 ソソ・ロギアードウ・プラトノス I.MATHIOULAKIS
「世界四大文明 エジプト文明展図録」 2000年 NHK
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」 2000年 小学館
「大英博物館 アッシリア大文明展 芸術と帝国図録」 1996年 朝日新聞社