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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2012/08/03

四神9 西晋時代の四神はゴビ灘に



敦煌の仏爺廟湾西晋画像磚墓にも四神は描かれている。
仏爺廟湾古墓群は、敦煌の空港(机場)から市街へと向かうS313号線の途中からゴビ灘に入っていった所にある。
下のグーグルアースでは、S313号線とS217号線の間にあります。
S217号線は莫高窟へ向かう道路で、その南端に小さく見えているのが莫高窟のあるオアシスです。

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右側に鳴沙山が横たわり、広々としたゴビ灘に現代の墓地がある。
ガイドの史さんは、北京などは墓地は高いですが、敦煌ではタダです。幾つか固まってあるのは、その一家の墓ですと言っていた。
しばらく走って建物(写していない)の近くでバスは停止。これが西晋墓。地上に土饅頭を築くのは今も昔も変わらない。
現代は1-2m掘って埋葬しますが、西晋墓は10mもの深さまで掘っています。だから、今の人が墓地に使っても、西晋墓を壊すことはありません
仏爺廟湾にはたくさんの西晋墓が確認されていますが、発掘されたものは少ないです。現在見学できるのは、この墓だけです。外気にふれると色が褪せてしまうので、発掘はしていません
右側にも西晋墓があるが、ここは見学できない。前方の岩山は三危山。砂の山があれば岩の山もある。
建物にいた管理人が鍵を開けてくれた。閉ざされた墓道の中は寒いくらいだった。
懐中電灯しか明かりのない、暗い階段を下りていくと、記憶にあるよりもずっと狭い、塼を積み上げた壁面が現れた。
実はこの西晋墓は10年前に見ている。その時の記憶よりも色褪せた画像磚が積み重なっていて、たった10年でこんなに風化してしまったのが残念。
若くて目のいい史さんは、私の目には判別できない画像を上から順に説明してくれた。我々はその痕跡を見つめたが、よくは見えなかった。
その中に四神があった。上から4段目は中央に朱雀が1対、その外側に玄武が1対。7段目には外側に青龍と白虎が1頭ずつという配置になっている(下図の赤い部分)。
画像塼なので、ほぼ同じ大きさの塼(焼成レンガ)の一つに一つの絵がある。
後日石室書軒で購入した『敦煌仏爺廟湾西晋画像磚墓』では、塼は土偏ではなく石偏の磚になっていた。「塼」こそ「せん」の正しい漢字だと思って使ってきたのに。

朱雀
斜め前を向いて羽根と尾をあげた力強い姿で表されている。足を広げているのは前へ進んでいる姿だろうか。
玄武
何故か玄武は亀に蛇が巻きついた姿で表される。巻きついて亀と顔を向かい合わせている蛇の表現は面白い。
右前足をあげて左後ろ足を後方に残すのは下の青龍と同じだ。
青龍
龍はいつ頃翼をつけたのだろう。
白虎
白虎は胴の長い青龍と見分けがつかないものもあるが、この白虎は虎の特徴をよく表している。こちらも有翼。
四神はいつ頃から表されるようになったのだろう。

※参考文献
「敦煌仏爺廟湾西晋画像磚墓」甘粛省文物考古研究所 1998年 文物出版社