2012/12/21

敦煌莫高窟10 285窟の忍冬文 



10年前に敦煌莫高窟を見学した時は、285窟の伏斗式の白い天井一面に描かれた雲気に気を取られ、その印象だけが残っていた。
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そのため、窟内に穿たれた小龕の龕楣にパルメット文などが描かれていたことも覚えていなかった。
ところが、2012年の今回は、285窟は修復中で、ほぼ窟内いっぱいに足場が組んであったため、上を向いてもほんど天井は見えなかった。
その代わりに、足場と壁面の隙間を半時計回りに見学して、ちょうど目の高さにある龕楣に描かれた忍冬文を、顔がすれるのではないかと思うくらい間近で見ることができた。すると、忍冬文の中に向かい合った鳥が描かれていることに気が付いた。
実際に窟内で見学した順番に見ていくと、(以下の画像は、敦煌莫高窟の陳列館にあるコピー窟で撮った写真です)

北壁に4つ小龕が並んでいる。
『敦煌への道西域道偏』は、ヴィハーラ(僧院)窟の形を模した禅定窟として中国では珍しい例であるという。
実際に、人一人が入れる程度の大きさで、僧が座禅を組んで修行したらしい。
龕楣の装飾はほとんどが、外側に火焔状の忍冬文、中央に縦横に交差する忍冬文(『中国石窟敦煌莫高窟1』より)となっているが、よく見ると、一つ一つが異なっている。そして半アカンサス葉が暈繝になっていて美しい。
中央の暈繝(グラデーション)のある葉について、以前の記事にもあるように、『日本の美術358号唐草紋』は、インドで仏教美術が誕生した当初にはアカントス系が優勢で、 ・・略・・ 一見パルメットと見まごうばかりの意匠のうち、柱頭やそれに類する箇所に表現されたものはアカントスの可能性が強い。
中央アジアにおいてはキジール石窟画家洞や敦煌第296洞などに半アカントス風の波状ないし並置唐草紋が認められるが、東アジアでアカントスを唐草に構成することはなかったというと、半アカンサスの蔓草文様だということを知った。
中国では、「藤蔓分枝単叶忍冬紋」というようだ(『中国石窟敦煌莫高窟1』より)。今では簡体の「叶」が「葉」に当たることがわかっており、「藤蔓分岐」というのは、文様帯に見られるように、上下に蔓がうねるだけの蔓草文とは異なって、縦横に枝分かれしている蔓草文をいうのだろう。
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右(入口側)の龕楣から、

①外側は左右からそれぞれ上向きの火焔が巡り、頂点でパルメットの形を作っている。
内側の半アカンサス唐草文の中央上部には、蓮の実状のものに乗った一対の鳥が描かれている。ところが、一般的な対偶文とは異なって、鳥は互いに後ろを振り返っている。
鳥は薄い草色で、ほとんど輪郭しか残っていない。
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②外側の火焔文は三裂した半パルメットを巡らせ、頂点で五裂のパルメットを作っている。
内側の半アカンサス唐草文の中央上部の向かい合った細長い一対の鳥は、ツルかと思ったが、蓮の実状のものに乗っているので脚は短い。
体は草色のグラデーションで表され、孔雀のように冠毛があるが、長い尾羽は下に伸びている。
③外側は火焔文は、火焔だけで構成されている。
内側の半アカンサス唐草文は、葉が他の龕楣のものよりも大きい。その中央上部の向かい合う鳥はやはり蓮の実状のものに乗っていて、ハトのようにずんぐりしている。
④外側の火焔文は、赤い色がよく残っていて、火焔が枝分かれしながら巡っている。
内側の半アカンサス唐草文は、葉が小さいような気がする。その中央上部の鳥も蓮の実状のものに乗っているので脚は短いが、首と尾羽は長い。
続く西壁には仏三尊像が、それぞれ別の龕に安置されている。
その龕楣の文様については次回。
そして南壁にも4つの龕がある。
奥側(西)から、

⑤外側の火焔文は、三裂した半パルメット文が巡っている。
内側の半アカンサス唐草文は、剥落がはげしく、わかりにくいが、中央下部には蓮の実状のものに乗った鳥が、斑点のある翼を広げて向かい合っている。
⑥外側の火焔文は、③に似ている。
内側には、①~④では中央に曲がった茎があったが、この龕楣では真っ直ぐに、幹のような茎が伸びていて、幹から直接葉が出ていることもあれば、枝分かれした茎が両側に伸びて、そこから葉が出ているものもある。
白い首羽のある鳥は、一番大きな茎が下がったところに留まって、その小さな頭をかしげ、互いに横目で相手を見ながらも、やや外側を向いている。その尾は上に向かっている。
⑦外側の火焔文は、①の火焔形と頂点のパルメット文が似ているが、よく見ると、一筆書きのようにして次の火焔へと続いている。
内側の半アカンサス唐草文は、下から伸びた2本の茎が中程で枝分かれして上にハート形を作り、中にアカンサスの葉というよりはパルメット文を白と黒半々で作っている。
鳥は中央下方に、花の上に留まっている。長い尾羽をほぼ水平にして、後方を見ている。
⑧外側の火焔文は、半パルメットが巡っているが、②よりも⑤に近い力強さがある。
内側の半アカンサス唐草文は、下から2本の茎が伸びているが、左右対称とはならず、左の方が上でパルメット文を作り、両側に蔓を伸ばしている。
下方で向かい合う鳥は翼を広げようとしている。285窟内では、これが一番鳳凰に近い姿をしている。
今年の正倉院展に出陳されていた「密陀彩絵箱」蓋表の鳳凰にも似ている
龕楣は、似ているがそれぞれが異なっている。このようなものを見る度に、それぞれ施主が異なるからか、それとも画工の創意工夫の賜物なのかと疑問に思うのだが、285窟では、画工が色んな描き方をしてみたかったのだろうと思う。それぞれに活力がみなぎっていて、決して写実的なものではないが、動き出しそうな気配すら感じられる。

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※参考文献
「中国石窟 敦煌莫高窟1」 敦煌文物研究所 1982年 文物研究所
「敦煌への道 西域道偏」 石嘉福・東山健吾 1995年 NHK出版
「日本の美術358号 唐草紋」 1996年 至文堂