2014/04/11

アクロティリ遺跡の壁画1 春のフレスコ(ユリとツバメ)



アクロティリ遺跡の建築複合体デルタの壁画は、アテネ国立考古博物館で展示されている。
『世界美術大全集3エーゲ海とギリシア・アルカイック』の「テラ島の壁画とその文化史的意義」でクリストス・ドゥーマス氏は、アクロティリ遺跡からの出土品のうちで最も重要であると思われているのが、かつてこの町の建築物を飾っていた壁画である。数十点の壁画という。
遺跡には壁画がたくさん残されていたことは知っていたが、アクロティリの壁画として知られているのは数点である。もっとたくさんの壁画が復元中なのだろうか。 

春のフレスコ 前16世紀 250X260㎝ 
『世界美術大全集3エーゲ海とギリシア・アルカイック』は、「春のフレスコ」の通称からも明らかなように、春の季節の岩場に咲き乱れる赤百合とツバメの飛翔を描いた壁画。テラ島の壁画や古代壁画の中では珍しく季節感を表現した絵画といわれ、東洋の風景画とも相通ずる表現をもつ。アクロティリ遺跡デルタ地区第2室、1階の壁3面に連続して描かれた風景画。赤・黄・青の3色に塗り分けられた岩場はテラ島の火山島の特徴を描き出したものと考えられるという。
実際には、このように横に色の異なる溶岩が並ぶことはないが、この妙な凹凸のある岩場は、溶岩でできたものを表しているのだろう。 

同氏は、テラ島の画家のパレットは、赤、黄色、黒、青からなる。白は漆喰地をそのまま使う。緑色は黄色と青を混合することで容易に合成できたはずだが、奇妙なことに使われていない。上の5色はさまざまな明度で使われ、また鉱物性の顔料からつくられており、時間による風化の影響はみられない。しかし、媒剤として使われた有機物質は分解している。このため、発掘で壁画が出土したときに保存のため第一にとられる処置は、もろい漆喰地とともに顔料を強固に固めることであるという。
同館では、その様子が静止画像で紹介されていた。

同書は、風に揺れる赤百合は、蕾。半開、満開の各段階が描写されており、画家が自然の成長のプロセスを意識して表現していることが見て取れる。
百合のモティーフはテラ島の壁画や陶器上ばかりでなく、クレタ島の「神官王」の壁画やアムニソス出土の「百合の壁画」、またミュケナイ出土の短剣の象嵌装飾などの主要な造形作品上に頻出することから、単なる植物文様ではなく、エーゲ海において宗教的なシンボルを担っていた可能性もあるという。
クノッソス宮殿出土の「神官王」はユリの王子という名の方が有名だが、その名の由来となったユリがどこにあるのかわからない。
ミケーネ、円形墓域A、Ⅴ墓出土の短剣(前1550-1500年頃)には、ミノアのユリと同じ意匠のユリ文が象嵌され、金の薄板には連続してユリ文が打ち出されている。

また飛翔するツバメも、対になっている場合、春の巣作りの季節に特有の飛び方を見せていることが、鳥類学者から指摘されており、春の豊饒の祈願を視覚的に表現したものであろうという。
足を体に密着させていたり、2つに分かれた尾の先が広がる様子などが、詳細に表現されていて、身近な生き物への関心が高かったことが窺える。
興味深い点は、人間像が画面に登場しないことで、なんらかの儀式の背景としての役割があったのではないかと推測される。通常テラ島の壁画は2階部分か、それより上の階を飾っており、当壁画が建物の1階部分を装飾していたこともきわめて異例である。当壁画の位置は、壁画の特殊な機能を想像させる。この第2室は遺跡のプランからもわかるように、1辺約2.5mの小部屋で、かつ周囲の壁は1-1.5mと非常に厚い。すぐ北側に小部屋が隣接しており、そこから小型の円錐形容器(土器)が300点ほど出土していることから、壁画が描かれた部屋でなんらかの儀式が執り行われ、その儀式には神酒を飲する行為が含まれていたことが推測されるという。
北側の小部屋に出入りするのは右下の小さな開口部からだったとすると、四つん這いにならないと無理だろう。茶室の躙り口みたいな意味があるのかな。 
岩の表面を表す黒い線が水墨画のよう。ボコボコと上に盛り上がるだけでなく、表面にも出っ張りやくぼみや皴などがあるのを表現しようとしたのだろう。

この部屋には、天井より下、黒い水平な帯の上に薄い板状のものが出ている。
木製の板のようにも思われないが、棚でもあったのだろうか。とても物がのせられそうもないのだが。
その上は、白い壁面がはがれて、内側の赤がペリペリと不均一に出てきているのかと思っていたが、ひょっとすると海岸などで普通に見られた溶岩流を描いたものかも。

この部屋のなかで、どんな儀式が行われていたのだろう。

       →アクロティリ遺跡の壁画2 パピルスと婦人たち

関連項目
サントリーニ8 アクロティリ遺跡2
アクロティリ遺跡の壁画3 舟行図
アクロティリ遺跡の壁画4 ボクシングをする少年
アクロティリ遺跡の壁画5 サフラン摘みの少女

※参考文献
「世界美術大全集3 エーゲ海とギリシア・アルカイック」 1997年 小学館