2013/04/09

杯文(松皮菱)の起源は戦国楚



中国で菱繋文を探していると、前漢時代の菱形は直線4本を斜めに交差させたものではなく、上下に小さな菱形状のものがくっついた、日本独特の松皮菱と呼ばれる文様が中国にあったとは。

双龍穿璧図部分 朱地彩絵棺足部側板 湖南省長沙市馬王堆1号漢墓出土 前漢初期(前2世紀) 木棺側板 彩漆 長沙市、湖南省博物館蔵
『世界美術大全集東洋編2秦・漢』は、馬王堆の棺槨は、軑(たい)侯利蒼夫人の1号墓がもっとも豪勢で1槨4棺に作られていた。四重に入れ子式になった棺の第3棺(朱地彩絵棺)は、龍、虎、鹿などの図柄や勾連雲文が大きく華麗に描かれていた。
足部側板には、中央に穀文の璧がリボンで吊され、左右から2匹の龍が璧の孔を貫くところが描かれる。足部は昇仙の乗物である龍が璧に憑って来たところを表すことによって、昇仙の準備が整いつつあることを示しているという。
その図の四囲に、二重に文様帯が巡っている。
内側の文様帯は、菱形というよりは、やはり松皮菱に近い形の菱繋文となっている。
外側の文様帯は、2つの鉤の手文様が菱形を形成しつつあるようにも見える。
馬王堆1号墓で出土する絹織物にも松皮菱が見られる。

煙色菱文羅 同墓出土

『中国美術全集6工芸編 染織刺繍Ⅰ』は、4本綟りの菱文羅である。菱文は縦の細長い複合菱形である。両側に小菱形の縁があり、形は漢代の耳付きの漆杯に似ているため、杯文と称せられている。菱文は細太の2組に分かれ、交互に配列している。細線の菱形は2本の点線で文様を勾勒し、太線の方は実線で文様勾勒し、二重の文様を形づくっているという。
日本では松皮菱とされるこの文様は、耳杯の形に似ていることから杯文と呼ばれるらしい。
内側も小さな菱形で埋め尽くされている。
しかし、杯文それぞれが離れているので、菱繋文まで後一歩といったところだろうか。
幾何対鸞文綺 同墓出土
同書は、綺は平織の地に地揚げによる綾組織で文様を織り出した絹織物で、漢代には錦と同じく高級織物である。
杯形の幾何学の骨組みの中にそれぞれ一対の鸞鳥文と一組の四角放射式の対称変体草花文をうめているという。
こちらは杯文の繋ぎ文様となっている。
湖南省長沙市の馬王堆墓より以前、戦国時代の墓より出土した織物にも杯文が見られる。それは長沙市よりも200㎞ほど北にある、湖北省江陵県馬山の楚墓からだった。

大菱形文錦 戦国中期(前4世紀) 湖北省江陵県馬山1号楚墓出土 湖北省荊州地区博物館蔵
同書は、経錦である。経糸は深棕・深紅・土色の3色で、緯糸は深棕色である。織り出した大菱形文様の中に、深紅・土黄色の小三角形が角や底辺を合わせながら配列されており、また、中小型の菱形文様、杯文、「工」字文様などをうめているという。
戦国時代にすでに錦があり、しかもこのような複雑な文様で埋め尽くされている。よくこれだけの種類の幾何学文を思いついたなと思うくらいに様々な文様が表されているが、完璧な菱形はない。
菱形も杯文形だ。
戦国楚は現在の湖北・湖南・河南3省にわたる地域に相当するという(『図説中国文明史3春秋戦国』より)
前漢前期には、まだ完全な菱形という文様がなかったようだが、どうやら菱形及び菱繋文は、中国南方に誕生した文様であったらしい。

狩猟文を施した條 湖北省江陵県馬山1号墓出土 荊州博物院蔵
『図説中国文明史3春秋戦国』は、主な色は、黄土色、コバルトブルー、深い橙色の3色。全体の図案は、山の形を表している菱形模様によって骨格がつくられ、図案が構成されている。菱形の中には、2人の人間が車に乗って獲物を追っている様子の側面図が見られる。残りの2つの菱形模様の主題は、武者が獣につかみかかっているところである。これらの人物の模様はみな図案化されていて、手法は簡潔である。模様の設計に斬新な手法を切り開き、舞踏や狩猟などの生活の情景を造形芸術の領域に引き入れたという。
條とは細い織物、横糸の綾織りをいう(同書より)。
菱形と表現される区画は、正確には菱形ではなく、杯文形になっている。この形を、山の形を表す菱形というが、本来は山だったかどうか不明である。
本来は何を表していたかは不明だが、当時の楚の人々にとって、現在の菱形ではなく、敢えて杯文形の菱形にしなければならないほど、重要なシンボルだったに違いない。

関連項目
東寺旧蔵十二天図8 截金7菱繋文または斜格子文
東寺旧蔵十二天図6 截金5立涌文
東寺旧蔵十二天図5 截金4卍繋文
東寺旧蔵十二天図4 截金3亀甲繋文
東寺旧蔵十二天図3 截金2変わり七宝繋文
東寺旧蔵十二天図2 截金1七宝繋文
東寺旧蔵十二天図1 截金と暈繝
アナトリアにはミダス王の木槨墓
四神10 前漢景帝の礼制施設に四神の空心磚

※参考文献
「王朝の仏画と儀礼 善をつくし 美をつくす 展図録」 1998年 京都国立博物館
「日本の美術373 截金と彩色」 有賀祥高 1997年 至文堂
「シルクロード 絹と黄金の道展図録」 2002年 東京国立博物館・NHK
「世界の文様2 オリエントの文様」 1992年 小学館
「世界美術大全集東洋編2 秦・漢」 1998年 小学館
「図説中国文明史3 春秋戦国 争覇する文明」 稲畑耕一郎編 劉煒著 2007年 創元社