2010/09/04

エジプトの王像4 メンカウラー王は立像で左足を出す



カフラー王は座像がたくさんあったが立像は発見されていない。次のメンカウラー王は立像が残っている。


メンカウラー王と二女神立像 古王国第4王朝(前2500年頃) アル=ギーザ、メンカウラー王の河岸神殿出土 片岩 高92.5㎝ カイロ、エジプト博物館蔵
第3ピラミッドの河岸神殿からは、王の彫像がいくつか出土している。なかでも、ノモスの主神とハトホル女神とともに表現されたメンカウラー王の三体像が特徴的な作品である。
石像加工技術水準はほぼ完成の域に達しており、形を確実に造形していく熟練した技巧を看取することができる。ただし、カフラー王座像で見られた神王としての表現は後退しているという。
やっぱり河岸神殿にはたくさんの彫像が置かれるもののようだ。彫像は1m以内と小さい。祠堂に安置された状態で発見されたという(同書より)。
メンカウラー王は上エジプトの白冠を被り、大きく左足を踏み出し、手には何かを握っている。これが王像の基準になっていくのだろうか。
ノモスの主神は足を並べて立ち、ハトホル女神はやや左足が前に出ている。2人の女神は王を守護するために両側に立っているのだろうか。よく見ると王の両腕には人の手が回っているが、右のハトホル女神は王の左腕、左の主神は王の右腕をそれぞれ掴んでいる。どうも腕が長すぎるように思うが。
カフラー王座像はこちら
しかし、最初に左足を前に出したのはメンカウラー王ではない。第1王朝にすでに見られる。


王像 象牙 高8.5㎝ 初期王朝、第1王朝(前3000年頃) アビュドス、オシリス神殿出土 大英博蔵
『世界美術大全集2エジプト美術』は、小さな像であるが、王像のポーズとして定着する左足を踏み出して立つポーズによって、王としての威厳を備えた姿に仕上げられている。憂いを帯びた表情のような写実的表現は、かつての像には見られなかったという。
王のポーズとは思わなかった。しかも前3000年という時代にすでに左足を出した像があったとは。
そしてもう1つの驚きは着衣の文様だ。菱形を縦に並べたり、ギローシュと呼ばれる組紐文がすでに表されている。組紐文は今まで調べた中ではマリ出土の幾何学文の石製容器に表されているが、それは前3千年紀(前3000-2000年)のもので、製作年代にかなりの幅がある。この王像は前3000年頃に制作されているので、組紐はメソポタミアではなく、エジプトが先かも。
カイロエジプト博物館では右足の出ている像を見かけたが、一般にエジプトの立像は、展覧会で見ても、現地の神殿などで見ても、左足が前に出ている。
しかも、第5王朝になると、左足を前に出すのは王の像だけでなくなった。


カーアベル立像 古王国第5王朝(前2475年頃) サッカラ、カーアベルの墓出土 無花果の木・彩色 高112㎝ カイロ、エジプト博物館蔵
ひじょうに写実的な像で、生前のカーアベルの姿を見事に表現している。故人の姿を忠実に再現することは、永遠なる生命を来世に祈った古代エジプト人にとって必要不可欠なことであった。
第5王朝初期のものとされているが、研究者によっては第4王朝末期に比定する場合もあるという。
第4王朝末期にしても第5王朝初期にしても、前25世紀前半にはすでに王でないものも左足を前に出す私人像を作るようになっていたようだ。
当時は太っていることが富や権力の象徴だったのだろうか。 
官吏立像 古王国時代末期、前2250年頃 大英博物館蔵
『大英博物館古代エジプト展図録』は、古代エジプト人が考えた復活には魂と肉体が再び結合することが不可欠であった。ミイラ化してあるとはいえなお脆弱な遺体が損なわれたり失われたりしたときに備えて、より堅牢な木や石などで作った似姿の像を用意した。儀礼に使う像である。王の似姿の像は必ず等身大以上の大きさで作られたが、一般人の場合は等身より小型である。このような点でも、ファラオの偉大さは区別されていた。
似姿の像は、いったん肉体を離れた魂が戻ってくるための重要な受け皿である。失われることも考えて、できるだけ複数の制作が望ましかった。さらに念入りに、盗掘者らの貪欲な目にさらされないよう、考古学語では「セルダブ」と呼ぶ密室に置いて、像の安全をはかったという。
カーアベルと同様に杖を突いているが、対照的に細身の像だ。この官吏は若くて痩せているので、墓主ではなく、王の墓の守衛かと思った。エジプトでは鎮墓獣というのがないので、王以外の者が墓や神殿を守ることがあったのかと驚いた。
図録にはこの像についての説明はないが、何故王の像がたくさんつくられたかがわかった。
供物を運ぶ女立像 中王国第11王朝、前2000年頃 ルクソール、ディール・エル・バハリー メケトラーの墓出土 木・彩色 高112㎝ メトロポリタン美術館蔵
『世界美術大全集2エジプト美術』は、第11王朝の木製彫像の水準をよく示しており、的確な人体の表現と様式美に彩られた作品という。 
前2000年にもなると、左足を前に出す使用人の像が作られるようになった。
どちらかと言うと、左足を前に出す像が元来王を示すということを知らなかったので、エジプトの立像と言えば左足を一歩踏み出しているものと思い込んでいた。


※参考文献
「世界美術大全集2 エジプト美術」(1994年 小学館)
「大英博物館 古代エジプト展図録」(1999年 朝日新聞社)