2009/12/04

アスターナ出土の連珠動物文錦はソグド錦か中国製か

 
連珠円文の内側に動物意匠を表した錦はササン朝ペルシア製ではなくソグド製であるという。しかし、同じ作品を中国製としている文献もある。ソグド錦という決め手はどこなのだろう。

連珠猪頭文錦 アスターナ325号墓出土 緯錦 顕慶6年(661年)以前 新疆ウイグル自治区博物館蔵
ソグド錦の代表とされる作品である。
しかし、『中国美術大全集6染織刺繍Ⅰ』は中国製と見ているようだ。黄色の綾地に濃紺・灰緑・白色の綾文で文様を織り出している。連珠の円環内には猪頭文があり、連珠の環の上下に方文を、左右両側には小連珠円環と花を飾っているという。
唐時代の制作としているのは、顕慶6年の墓誌が出土しているからだろうか。織り方の特徴などは書いていない。
『シルクロード絹の道展図録』は、332号墓出土。緯錦。主文は上下に方形文を置いた連珠円文で、円圏内には牙をむき出しにした厳めしい猪の頭のみが横向きに納められている。隣の連珠円文とは四弁花文を置いた小連珠円でつなぐ。
ササン朝ペルシアにみられる意匠のひとつである
という。
制作地を特定していないなあ。  連珠華冠鳥文錦 アスターナ332号墓出土 緯錦 唐 新疆ウイグル自治区博物館蔵
『中国美術大全集6染織刺繍Ⅰ』は、黄色の綾地に、濃紺・白・灰緑色の綾文で文様を織り出している。連珠円環内には鳥文を飾っており、その鳥は口に連珠をくわえて、頭には華冠をかぶり、首と翼に連珠を飾っている。非常に華麗であるという。
こちらも上下に方形を、左右に小連珠円を配している。
キジル石窟出土の鴨連珠円文壁画(7世紀)やトルファン出土の連珠紋錦(時代不明)と比較してみると、キジルが首飾りとすると、アスターナは耳飾り程度、トルファンはもっと小さい。
キジルの風にたなびく2本のリボンは、トルファンは1列で2つの三角を繋いだものになっている。アスターナは三角というよりもV字形が3つずつ2列になって横に伸びている。同書では華冠と見ているようだ。
カモの体には、キジルは胸・羽の付け根・尾の付け根の3箇所に連珠帯があるが、トルファン・アスターナ共に尾の付け根にはない。しかし、アスターナは体の表現がキジルより自然だ。トルファンは大きな円文となっている。
キジルは足の下に連珠帯があるが、トルファン・アスターナ共に何も踏んでいない。またキジルの足は平たいが、トルファン・アスターナ共に大きな爪のあるしっかりとした足に表現されており、蹴爪がある。 大鹿文錦 緯錦 アスターナ332号墓出土 唐(7世紀前半) 新疆博物館蔵
『中国美術大全集6染織刺繍Ⅰ』は、黄色の綾地に濃紺・果緑・灰緑色の綾文である。円環の中央には頭を高くして歩いている姿の鹿文があり、周りには連珠文を、その上下左右には花を飾っている。文様の様式は、ササン朝ペルシア時期の錦とすこぶる類似するという。
やはり中国製とみている。 
『シルクロード絹の道展図録』は、連珠文を巡らした円圏内に、頸に付けたリボンをなびかせ、胸を張るごとく堂々と行進する雄々しい姿をした1頭の鹿文を納める。頸にリボンを表す文様は、ササン朝ペルシアで流行した意匠といえる。なお、隣の連珠円文帯とは中央に方形を置いた小連珠円でつないでいる。織りの技法は、漢代の錦の伝統を受け継いだ経錦(たてにしき)ではなく、西方に起源のある新出技法の緯錦(ぬきにしき)となる点が注目される。この技法は、中国内地では唐代に入ってから織られるようになるという。
同図録も唐とみているようだ。
ササン朝で6世紀に猪頭文はすでに成立していたが、『古代イラン世界2』で横張和子氏(古代オリエント博物館)は、連珠円文意匠はサーサーン朝錦としては例外とさえ見えるのである。錦に表されたのはソグドの方が早かった。それを典型的にしたのはむしろソグド錦であったとして、この大鹿文錦を挙げている。 この3つの連珠動物文錦は綾地だが、それは中国製の決め手とはならないのだった。それについてはこちら
黄色の地に似たような地味な色遣いの緯錦であることも共通しているので、同じ土地で織られたのだろう。中国製となると、中国の連珠文錦とは全く異なる表現なので、高昌近辺の制作かなとも思った。
いずれ成分分析が進み、どこで制作されたか特定できるだろう。今のところは、この中では一番新しい文献ということで、「古代イラン世界2」の横張和子氏の説をとって、これらはソグド錦としておこう。

関連項目

ササン朝の首のリボンはゾロアスター教
連珠円文は7世紀に流行した

※参考文献
「中国美術大全集6 染織刺繍Ⅰ」 1996年 京都書院
「世界美術大全集東洋編15 中央アジア」 2000年 小学館
「季刊文化遺産13 古代イラン世界2」 2002年 財団法人島根県並河萬里写真財団