2008/09/09

慶州仏国寺の三層石塔は釈迦塔と呼ばれる

仏国寺大雄殿前には三層石塔ともう一つ変わった石塔があって、三層石塔は釈迦塔(ソッカタップ 석가탑)と呼ばれている。
以下の写真は南面から反時計回りに撮ったものです。『世界美術大全集10高句麗・百済・新羅・高麗』は、仏国寺三層石塔は統一新羅時代中期を代表する塔として有名であるが、一名「釈迦塔」とも呼ばれ、8世紀中ごろの作と推定されている。塔の高さは8.2mで、統一新羅初期の感恩寺址三層石塔より小さい。二重基壇の上に建てられ、基壇の周囲には八方金剛座と呼ばれる上面に蓮華を彫刻した石が配されている。各層の屋身部には四隅に柱が造り出されているが、この柱形は感恩寺址三層石塔よりかなり細いものとなっている。屋身部は一石で造られており、柱形が細いのはおそらくそのこととも関連するのであろう。初層屋身部はほぼ立方体になっており、柱形のあいだの面石にあたる部分は縦長の長方形である。低減率も感恩寺址三層石塔より小さく、やや高峻な姿となり、柱形が細いことと合わせて、全体に端正で整った造形である。屋蓋石(笠石)の屋根部分の反りは、隅部で強くなっており、感恩寺址三層石塔のゆったりとした姿に比して、引き締まったものになっているという。
確かに感恩寺址三層石塔はどっしりとしていて、仏国寺三層石塔はすらっと美しい。 『慶州で2000年を歩く』は、三層石塔は新羅の石塔のなかでも最も整ったものといわれる。釈迦塔と呼ばれるが、塔にまつわる伝説から無影塔ともよばれる。1966年に修理、復元されたとき、塔の中から木版で印刷された「無垢浄光陀羅尼経」が発見された。法隆寺の「百万塔陀羅尼経」とならんで世界で最古の印刷物の1つであるという。
8世紀に入ると、塔の部材の数が徐々に減り、形も洗練されてきた。その代表的なものが仏国寺の三層石塔である。典型的な新羅の石塔といわれ、多くの石塔の模範となった。以前は別々の石でつくられていた一層目もすべて1つの石から彫りだされるようになった。基壇の高さも低くなり、すらりとした印象になっているという。そう言われると、基壇は1つの面を何枚かの石材で構成されて、歪みが生じているが、一層目にはそれがない。これも後世になっても美しい姿を保ち続けられた理由の一つだろう。
相輪も石で造られているが、創建当初のものだろうか?
※参考文献
「世界美術大全集10 高句麗・百済・新羅・高麗」(1998年 小学館)
「慶州で2000年を歩く」(武井一 2003年 桐書房)

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