2007/12/21

歩揺冠は騎馬遊牧民の好み?

藤ノ木古墳出土の歩揺冠は金銅製のため、金メッキがはがれてすっかり緑青で覆われていた。藤ノ木古墳の全貌展ではその復元品も出ていたので、歩揺に円形(先がとがっているので木の葉形だろう)以外に鳥形があるのがわかりやすかった。 藤ノ木古墳から出土した飾履が朝鮮半島南部の影響があるのなら、歩揺冠も同様の可能性がある。『黄金の国・新羅展図録』によると、
世界的にみても新羅ほど金冠が多く出土した地域はない。  ・・略・・
金冠は、華麗な文様が刻まれた円形額帯に5本の立飾を鋲で固定し、額帯中央に樹枝形の立飾を3本、後面に鹿角形の立飾を両側1本ずつ装着するものが典型的である。樹枝形立飾は生命樹である白樺樹を、鹿角形立飾は鹿を象徴的に表現したものであるが、樹枝形立飾は徐々に形式化し、漢字の「出」字に似た形状となった。  ・・略・・  金冠は華麗な外形とは裏腹に薄い金板で製作されており、また過多ともいえるほどに装飾が多いため、実際に使用したというよりは、墳墓の副葬品または葬送儀礼用具として製作されたと考えられる

ということで、金冠は生きている時に身につけるものではなかったことがわかった。
また、同書には5世紀前期から7世紀前期までの金冠の変遷が載っているが、その中で新羅の金冠として引き合いに出されるのが瑞鳳塚出土の5世紀後期の金冠である。しかし、その写真がないので、6世紀前期とされる天馬塚出土の金冠をみることにする。両者はよく似ているが、違いは前者が「出」字に「山」字が加わっており、後者は「出」字が2つ繋がった、より縦に長い冠となっている程度である。

金冠 慶州天馬塚出土 6世紀前半
『世界文化遺産12騎馬遊牧民の黄金文化』の「黄金の帽子飾りから見た東西交渉」で石渡美江氏は、瑞鳳塚は三国時代の新羅の墳墓であり、このような冠は日本にも影響を及ぼしているというが、6世紀後半の藤ノ木古墳出土の金銅製冠がこれらの「出」字形冠に似ていないと私は思う。
また、『黄金の国・新羅展図録』に載っている6世紀後半の金冠の方が藤ノ木古墳出土の金銅製冠と時代が近いが、「出」字が2つ繋がり、それぞれの部分が派手になっているだけで、藤ノ木古墳の歩揺冠とはかなりの違いがある。 金歩揺冠 遼寧省北票市西官営子憑素弗墓(太平7年、415)出土 北燕 瀋陽、遼寧省博物館蔵
確かに歩揺はついているが、もっと縁遠くなってしまった。『世界美術大全集東洋編3三国・南北朝』によると、金歩揺は遊牧民の風習だそうだ。 牛首金歩揺冠 内蒙古烏蘭察布盟ダルハン・ムミンガン出土 1~3世紀 内蒙古博物館蔵
これも頭頂部に取り付けるものだったのだろうか。バクトリア貴族の冠 北アフガニスタン、シバルガン近郊ティリヤ・テペ6号墓出土 前1世紀後半~後1世紀前半 カーブル博物館蔵
『世界文化遺産12騎馬遊牧民の黄金文化』によると、シャーマンのような女性の墓から出土したもので、6本の樹木からなっている。6本の樹木はそれぞれ歩揺や花弁で飾られていて、中央部をのぞく5本の木には富や王権のシンボルである鷲が左右についていたということだ。1本1本の樹木が左右対称に作られているように見える。色紙を半分に折って形を切り抜いて開いたようだ。
『世界美術大全集東洋編15中央アジア』によると、女性が葬られていたが、この王冠は頭蓋骨の上で発見されたということだが、それはこの歩揺冠を被ってシャーマンの役目を果たしていたということだろうか。 朝鮮半島や日本では歩揺冠は棺に入れるものに風習が変わってしまったのだろう。そして冠その他に歩揺を付ける意味が失われていたのだろう。藤ノ木古墳の歩揺冠が金銅製で他の地域の歩揺冠が金製である以外に一番違うのが、額帯の中央に蝶結びのような飾りが付けられている点である。 これは展示室で、日本独特のものという説明があったような気がするが確かではない。

藤ノ木古墳の歩揺冠は、樹木あるいは樹枝形の立飾りが2本あるだけで、その2で左右対称になっている。今まで見てきた中で藤ノ木古墳の歩揺冠に一番近いのが、地理的には最も遠いティリヤ・テペ6号墓出土の歩揺冠というのはどういうわけだろうか。
また、『藤ノ木古墳の全貌展図録』によると、北側被葬者は死後に内蔵を取り出す処置が施された可能性が高い。このような遺体処理は北方騎馬民族で見られる事象であり、当時の文化系統を考える上で重要な資料といえるということだ。この時代に、草原の道を経由して、中国も朝鮮半島も経ず、直で日本にそのような技術や習慣がもたらされたのだろうか。

※参考文献
「金の輝き、ガラスの煌めき-藤ノ木古墳の全貌-展図録」(2007年 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館)
「世界文化遺産12騎馬遊牧民の黄金文化」(2001年 島根県立並河萬里写真財団)
「黄金の国・新羅-王陵の至宝-展図録」(2004年 韓国国立慶州博物館・奈良国立博物館)
「世界美術大全集東洋編3三国・南北朝」(2000年 小学館)
「世界美術大全集東洋編15中央アジア」(1999年 小学館)