2018/01/23

アルダビールのシェイフ・サフィー・ユッディーン廟 中国磁器のコレクション


シェイフ・サフィー・ユッディーン廟に繋がった形で、チニ・ハネという大きな建物が建立され、内部は大小それぞれ4つのイーワーンがイスファハーンのアリー・カプー宮殿の楽器の間のように、陶磁器の形を刳り貫いた漆喰装飾のムカルナスとなっていた。

現在アルダビール・コレクションと呼ばれている中国の磁器は、ムカルナスの下に並んだガラスケースに展示されている。


アルダビール・コレクションは総て17世紀とされているが、あまり知識のない私が見ても、ちょっと違うのではないかと思われるものがあった。

そこで、大変古い文献(ということは白黒図版)だが、『世界陶磁全集第11巻 中国 元明篇』(以下『世界陶磁全集』)と『陶器全集第11巻 元・明初の染付』(以下『陶器全集』)に記載されている、或いはよく似た作品については、その年代に従うことにする。

唐草文の皿 明初、永楽年間(1403-42) 高6.9 径38.2 底径25.0㎝
『世界陶磁全集』は、文様の描法においてこの時代は殊に洗煉化への傾向が顕著にあらわれる。まとまりのよい余裕のある構成となり、青の使い方が少なくなって白い磁器の感覚が一層大きい意味をもつようになる。文様は多くの場合輪郭のあたりをつけることなく直接大胆且つ的確な用筆で描く。この特徴は当時の文様の主体をなす花文にほとんど例外なくうかがわれる。輪郭をまず描いて中を埋めていく技法は、この頃なかった訳ではないが、15世紀後半までは一般に用いられるに至らなかったようであるという。
見込みには複数の種類の花が5つ描いている。

アルダビール・コレクションの唐草文皿

上の作品とは上下逆さまなだけのようだが、細かい点で違いがある。しかし、時代としては同じ頃だろう。
花の種類と数は同じ。

花の上下と展示の上下が合っているので見易い。こちらも花の種類と数は同じ。


先に挙げた文献には、このタイプの皿が幾つか記載されているが、皆少しずつ違っているのは、手描きであること、または陶工の違いなどによるものだろう。


アルダビール・コレクションの図版1 唐草文盤(盤と皿の違いは文献による) 明初 径38.7㎝ コレクション29.28
見込みの花が小さく、下側には蓮葉が描いてあり、総て蓮華の花なので蓮華唐草文と呼べる。
アルダビール・コレクションの図版2 明初 径27.9㎝ コレクション29.119
蓮華が6つ描かれる。

龍波涛文の瓶 明時代永楽年間(1403-24) 
荒波の上に輪郭と線刻のみで龍を表す。その龍は三爪。中国では皇帝だけが五爪の龍を象徴として用いることができた。
イルハーン朝期1270年代に制作されたとされるラージュヴァルディーナ・タイルには四爪の龍が描かれいるが、それはイランのイルハン朝は現在の北京を首都とする大モンゴル帝国内の一王国として、中国では皇帝の象徴である龍と鳳凰の図像の使用を大ハンから許可されていた(『砂漠にもえたつ色彩展図録』より)からだという。

アルダビール・コレクションの図版3 龍波涛文瓶 明初 青花 高41.9㎝ コレクション29.471

首のない瓶とよく似た作品だが、龍の描き方が少し違うので、龍の体の隙間の形も異なっている。
点状の目だけがコバルト釉で描かれる。その右の方にペルシア文字が刻まれている。

アルダビール・コレクションの図版4 龍波涛文梅瓶 明初 高41.66㎝ コレクション29.403

『陶磁全集11』は、アルデビル・コレクションの中でも最も美しいものの一つである。14世紀中頃に栄えた青地白文の手法を15世紀初めまで引きついでいるのはこの青の波文地に白の龍をあらわした一種類に限るらしいという。
驚いたことにこれは五爪である。皇帝専用の器が将来されていたとは。

アルダビール・コレクションの図版5 龍唐草文瓶 明初 高33.2㎝ コレクション29.470
三爪の龍が右方を振り向いている姿はアルダビール・コレクションの図版3と同じ。白抜きでは分かりにくい角とたてがみの様子を知る手がかりとなる。

アルダビール・コレクションの図版6 青花龍波涛文盤 明初 径40.0㎝ コレクション29.37

『陶磁全集11』は、龍のような著名なモチーフがこの頃の青花大盤に姿を見せないのは不思議である。龍文は筆洗や把盃のような小さいもの、または諸種の大形瓶などに見るが、今まで目睹した大盤はすべて青の波文の地に白く抜いたものばかりである。この場合天使龍の細部は素地に細線を以て陰刻しただ眼だけを青で描いてある。この盤の外側は運中の龍4匹を青で描くという。
この龍は背中を見せて、自分の左前方を見ているようだ。

龍文鉢

四爪の龍で、こちらの方が格が高い。
しかし、これまでの龍は総て顔を横に向けているのに、この龍は正面を向く。制作時期が下がるのかも。

唐草文瓶 15世紀前半以前
上記2冊の文献を見た限りでは、この形の瓶子は、元から明の永楽年間までのものである。 

鉢皿3点
説明文に、タスマースプ1世の名と1550年という年が記されている。
タスマースプ1世はサファヴィー朝の第2代で在位は1524-76年。その頃に明から将来された作品だとすると、16世紀になる。

楼閣山水図皿


農村図?鉢


口縁部に並んでいるのはペルシア文字ではなさそう

鉢 


葡萄文皿
上下逆さまになっているので文様がわかりにくい。口縁部の波涛文の波頭が太くて迫力がない。側は草花繋ぎ。
見込みには葡萄の長い房がほぼ等間隔に3つ並び、それぞれが蔓で繋がり、葉も数枚描かれる。そして細い巻きヒゲが長々と伸びるのが特徴でもある。

葡萄文皿 永楽年間(1403-42) 径42.6㎝ クリーヴランド美術館蔵

口縁部の波涛文は規則的に描かれているが、波頭は細かく描かれ迫力がある。側は独立した花文が12並ぶ。
見込みには葡萄が自由に並び、実の上側を塗り残して立体感を出す。

葡萄文皿 永楽年間(1403-42)

口縁部は波頭が1・2・1・2と4回繰り返す。上の作品よりは描き方が荒いが勢いはある。また、側は草花繋ぎとなっている。
見込みの葡萄はほぼ等間隔に並ぶが、房の大きさはそれぞれ異なっていて、実は全体に薄く、上側が濃く絵付けされている。
この2点との比較から、現地で写した作品はこれらよりも時代が下がると思われる。

背後の説明文には、タスマースプ2世の名と1731の年が書かれている。

蓮華文鉢

見込みは、細い紐で結わえた2本の茎から多様な花や葉が出ている。蓮華あり、クワイの葉あり、蓼のような植物も。

アルダビール・コレクションの図版7 明初 青花蓮華文盤 径34.4㎝ コレクション29.21

紐で束ねた蓮華やクワイの葉の茎などの本数が格段に多い。

蓮華文の皿 明、永楽年間(1403-24) 高7.9 径43.8 底径29.2㎝ 東京国立博物館蔵

口縁部の波涛文は、クリーヴランド美術館本(永楽年間)に近い。見込みの植物は、波涛文に負けないくらい、しっかりと描かれている。

アルダビール・コレクションの図版8 青花蓮華唐草文片口 元(14世紀) 高4.4 径13.8 底径8.5㎝ 

蓮の花や葉、細い葉というシンプルな組み合わせで、ほぼ左右対称に描かれ、束ねられた茎は6本。このような元の文様が基本となり、明時代に茎がヒゲ状に巻いたり、数が増えたり、減ったり、植物の種類が増えたりしていったのだろう。
それにしても、アルダビール・コレクションには元の青花もあるのだった。

元の染付といえば、イスタンブールのトプカプ宮殿のコレクションが思い浮かぶが、イランにも元や明初のアルダビール・コレクションがあるというのに、一括で17世紀にするのはもったいない。


『世界陶磁全集』は14世紀の特徴として、15、6世紀の青花と比べれば一目瞭然であるるが幅の広い筆で大胆な筆致を以てのびのびと描いている。その自由で自然な描法こそこれら初期の青花と後世のものとの最も著しい相違であるという。

アルダビール・コレクションの図版9 青花鳳凰唐草文盤 元(14世紀) 径40.6 ㎝ コレクション29.122
同書は、円縁で古様の唐草を配し、内側には「捻じ釘のような」葉と6個の大きい花をあしらった太い蓮華環を画くという。
「捻じ釘のような」葉は、菱の葉ではないかな。
見込みは、草が生えているのが地面だとすると、鳳凰は舞い降りて地上寸前に上方に向きを変えようとしている場面だろうか。

アルダビール・コレクションの図版10 青花蓮池水禽文盤 元(14世紀) 径40.6㎝ コレクション29.38

盤の内面の見込みは蓮池水禽を画くという。
口縁部は波涛ではなく波文が表される。
見込みにはカモのような水禽の番いや蓮などが、ほぼ左右対称に描かれている。

アルダビール・コレクションの図版11 青花魚藻文盤 元(径14世紀) 径45.2㎝ コレクション29.43

見込みは、中心に大きく魚を画き周りに水草を配しているという。
水草が三方から生え、水中には丸い浮遊物で満ちている。

青花(染付)以外では発色はよくないが青磁もあった。

器の裏を見せているものがある。
弘治年間は1488-1505年なので、15世紀末-16世紀初。明初には含まれない。
このように、明の磁器は底に元号が記されているので、漢字さえわかれば編年は困難なことではないのだが・・・


シェイフ・サフィー・ユッディーン廟 モザイクタイル←  →元明の青花(染付)


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参考文献
「砂漠にもえたつ色彩展図録」 2003年 岡山市立オリエント美術館
「世界陶磁全集第11巻 中国 元明篇」 編集責任者後藤茂樹 1961年 河出書房新社
「陶器全集第11巻 元・明初の染付」 編集兼発行者下中邦彦 1960年 平凡社