2017/12/15

オルジェイトゥ廟の漆喰装飾3 華麗なるドーミカル・ヴォールト


三層目は華麗な漆喰装飾の回廊だった。
『ペルシアの伝統技術』は、漆喰の継ぎ材が用いられるようになったが、豊かな装飾が好まれたため、これらの漆喰の継ぎ材にも浮き彫りが施されるようになった。その後、煉瓦と煉瓦の間に浮き彫りを施した埋め木が嵌め込まれるようになった。最終的には豊かな浮き彫りが全面に施された漆喰の壁が用いられるようになった。この技法はソルターニエのウルジャーイトゥー廟のドームやヴォールトの建築においてその頂点に達したという。
二層目のムカルナスドームにも全面が漆喰装飾の壁になっているものがあった。
それについてはこちら
今回は、三層目の8つの回廊に3つずつあるドーミカル・ヴォールトを見ていく。○数字は回廊の場所を示す。

①-1
遠くから見ると、花のような大小の文様が中央の「花」を中心に展開する。
幾何学文様を構成する組紐は、その中に嵌め込まれた花文の埋め木よりも高く、立体的に作られている。
この面は壁と同じようにレンガの間に埋め木を嵌め込んだものだと思っていたが、一面物の漆喰装飾なのだった。
二層目の壁面では、文様がよくわかるようにズームした写真しか撮っていなかったが、全体を見ると、X字形埋め木4つで作られた菱形を、12個の丸文の埋め木が囲んでいるのだった。

①-2
幅広の六角形の中に六角形更に6点星が入る。
六角形よりも6点星の面が一段高くなっている。
16枚の花弁のある花を中心に、赤い組紐によって幾何学的な文様が織り出されていく。幾何学形の中にも植物文様の埋め木が嵌め込まれている。
漆喰地を組紐の分を残して埋め木の形に彫るときに、細かく分割する線を描いたのだろう。
鈴のような花文と、五弁花文が二色の組紐がつくる幾何学文の中に嵌め込まれている。

①-3
レンガに埋め木を嵌め込まれた壁面と、ドーミカル・ヴォールトの埋め木風漆喰装飾との違いは、実は分かり易いのだ。
ピントが合いきらなかったが、12点星の中心はカリグラフィーが、7点星には葉文、もっと小さな区画には星形を描いた埋め木が嵌め込まれている。漆喰壁を彫り込む場合は、こんな風に上下に交差する組紐も難なくできるだろう。
こんな文様帯も埋め木。

②-1・3、③-1・3
中心に8点星を置き、黄色を帯びた箇所が遠目に「井」字形に見える。
埋め木は、カリグラフィーの他は植物文様だが、それぞれ変化に富んだ文様となっている。
『イスラム芸術の幾何学』は、アラベスク・モチーフと呼んでいて、アラベスク(ペルシャ語ではイスリーミーという)のデザインは、幾何学パターンを補完する。アラベスクの目的は植物界をあるがままに描写することではなく、植物のリズムや生長のエッセンスを視覚的に抽出し、原型(アーキタイプ)としての”楽園の庭”を想起させることにあるという。
なるほど、多様な花々の咲く楽園を表していたのだ。

②-2
ドーミカル・ヴォールトは六角形。中にもう一つ六角形が入り、その内側に6つの六角形が凹凸で作られ、6つで中央に6点星を作っている。
大きな六角形は二重の文様帯から少し高くなっているがは、その中の6個の小さな六角形はそれよりも出ていて、中央の6点星はもっと出ている。
遠目では、大小の花文だけの静かな装飾に見えるが、
やっぱり組紐に囲まれた植物文様の埋め木だった。
2つの六角形の間には赤の組紐で六角形、白の組紐で6点星が作り出され、しかも、組紐どうしが上下に立体交差を繰り返している。
6点星の中には三角形を2つ組み合わせた中に6弁の花を配した12弁の花の埋め木が埋め込まれている。

③-2
白っぽいインスクリプション帯による浅い8点星の中に、イスラームの幾何学文様が展開するが、その中に植物文が表されているので、華麗な印象を受ける。
他の天井は斜行積の三角形面が大きいが、ここではそれが小さくなり、代わりに両側に太い文様帯を構成する。
両端文様帯は、②-2の六角形と六角形の間に配された文様と基本的には同じだが、六角形を作る組紐は白、6点星を作る組紐は赤と、反転している。そして6点星の中には植物文様の埋め木が嵌め込まれている。
ドーミカル・ヴォールトの頂点にはカリグラフィーと組み合わされた8点星の埋め木。その周りには多様な植物文様(イスリーミー)の埋め木。

④-1
剥落部分から焼成レンガ地がのぞいていて、この漆喰面が非常に薄いものだと気付く。
中心の8点星を囲む組紐が六角形・八角形・5点星などを作っており、やはり植物文様(イスリーミー)の埋め木が嵌め込まれている。

④-2
12枚の花弁を開いた花のような文様が幾何学的に配されている。
中央にはソロモンの印章にインスクリプションを組み合わせた円文、その周りに12個の花文が配される。それを12弁の花文を中心にした6つの円花文が囲み、その外側にも・・・と広がっていく。面白いことに、大きな円花文の間に2種類の埋め木が嵌め込まれていて、それが六角形をなしている。小さいので目立たないが、亀甲繋文になっている。
ソロモンの印章について『イスラム芸術の幾何学』は、円の円周上の1点を中心とし、円の中心を通る第2の円を描く。できた交点を中心にして順々に次の円を描くと、中央の円のまわりに6個の円が描かれる。クルアーン(コーラン)に記された天地創造の6日間の理想表現である。この美しくもシンプルな構造は無限に拡げていくことができ、平面を充填する正六角形のタイリングを作り出すという。
正六角形の各辺の中点をひとつおきに結ぶと、正三角形2個からなる六芒星ができる。これはイスラム世界では「ソロモンの印章」と呼ばれ、ソロモン王がこの印章付き指輪を使ってジン(精霊)を使役したとされるという。
蛇足だが、亀甲繋文は正六角形のタイリングと同じ文様にもなるが、その起源は古く、インダス文明(前3千年紀)にすでに文様として使われていて、イランには紅玉髄のビーズ装身具が将来されている。

④-3
白っぽい組紐に緑色が入って涼しげ。
組紐の各所に見える白い線は何だろう?組紐を作る小片の継ぎ目とも思えない。
組紐によって、中央の8点星のまわりに8つのロセッタ、その外側には多様な形の幾何学文が作られていき、その中に多様なイスリーミーの埋め木が嵌め込まれている。
『イスラム芸術の幾何学』は、水平方向に置かれた正方形と斜め向きの正方形を組み合わせると、8個の先端を持つ星形ができる。正三角形2つを組み合わせた六芒星と同じく、これも「ソロモンの印章」と呼ばれる(伝説はひとつではなく、いくつかあるのだ)。この形は、非常に多彩なパターン・ファミリーの出発点となる。
イスラムの幾何学パターンでは、はっきりとした幾何学的ロゼット、つまり中央の星のまわりに花弁形を放射状に配して花形の結晶のようにした図案がよく見られる。このようなロゼット・パターンは、星形モチーフのネットワークとして捉えることも可能であるという。
そして、8点星の周囲に配された8つのロゼットについて同書は、8回対称ロゼットで、8回対称とは、360度回転させる間にもとの形と8回重なる回転対称図形という。
以前深見奈緒子氏に教わったこの甲虫のような六角形を指すロセッタは、英語ではロゼットなのだった。

⑤-1・3
見ようによっては十字形に見えるものと8点星が規則正しく並んでいる。
この組紐は、小さな小さな幾何学形を作り出している。しかも、ほとんどが変形である。
『イスラム芸術の幾何学』は、ペルシャでは幾何学パターンはギリーと呼ばれるが、「ギリー」の文字通りの意味は「結び目」で、植物を想起させるほか、結び目や組紐などが持つ護符的な力も連想させる。帯が交差するパターンは、裏返しても鏡映対称にならない。表裏を反転させると、「上」だったところがすべて「下」となり、「下」だったものは「上」になる。
世界中の宗教やスピリチュアルの伝統はどれも、われわれが見ているこの世界の下には、目に見えず捉えることも難しいが意味にあふれた秩序があって、この世界を支えていると説くという。
幾何学パターンはギリーと呼ぶことにしよう。そう言えば、ウズベキスタンでは、植物文様をイスリミ、幾何学文様をギリヒと呼んでいた。きっとペルシア語由来の言葉だろう。
隅の方を見ると、アラベスク・モチーフの文様帯が凝縮されている。

⑤-2
緑を帯びた12点星を中心にした円花文の周囲に6つの大きな円花文が配されている。
『イスラム芸術の幾何学』は、サブグリッドの中に、六角形の各辺の中点に星の尖端部(角度60度)がくるようにして星形が作られる。この6回対称の星2個をずらして重ねると12個の尖端を持つ星ができるという。
12点星のまわりに12個のロセッタ、その外側に12個の5点星が組み合わされて一つの大きな円花文ができている。
三角形の移行部は三つ葉と六弁の花文、そして長い平行四辺形という3つのモチーフだけで構成されて、しかも非常に平面的に仕上げられている。

⑦-1
花文よりも白っぽい組紐が目立つ。
白い組紐がつくる10点星の中に花文が入り込む。しかも、上から見た花と横から見た花があって、その配置が規則的ではない。
他のドーミカル・ヴォールトの漆喰装飾とはちよっと系統が違うような。

⑦-2 外から見えたドーミカル・ヴォールト
六角形の中に六角形が入れ子に、その中に6点星、更に円形とわずかながら高くなっていく。
中央の円には5点星にカリグラフィーを組み合わせたもの。カリグラフィーには鳥の頭のようなものが出ていて面白い。
円を一回り。
組紐が作り出した様々な幾何学パターンには、植物文様(イスリーミー)ではなく、幾何学文様(ギリー)の埋め木が嵌め込まれている。
菱形の区画には両矢印なども登場する。
右の菱形区画にはL字形のような埋め木、左側は変形ロセッタ。
円を囲む6点星の中は、5点星と変形ロセッタの埋め木。外側の菱形区画は六角形と6点星、そして変形5点星に、イスリーミーともギリーとも言える文様の埋め木が嵌め込まれているのだが、組紐の幅がとても広く、未完成ぽい。
右の菱形区画の中央には、組紐が四角形を作っている四角形の中を通る組紐も変形八角形を作って完結していて、他の組紐へと繋がっていない。そして、左の菱形区画でも、組紐自体が変形ロセッタを2つ作っている。
組紐は蔓草のように、いろんな方向に伸び続けるものではなかったのかな。それとも、職人の遊び心かも。
外側の三角形の区画では、6点星をロセッタが取り巻くように組紐が彫られている。はずなのに、ここでも3つの頂点からロセッタの中に組紐が入り込んで捻れ、蕾のような形を作っている。やっぱり遊んでいる。
ドーミカル・ヴォールト移行部の三角面は、従来通りに上下に交差する組紐が幾何学文様を作っている。埋め木はイスリーミーで、整然と配置されている。
文様帯は蔓草文なのだろうが、その一つ一つが、口を開いた蛇に見えてしまう。

オルジェィトゥ廟の漆喰装飾2 埋め木

関連項目
オルジェィトゥ廟の漆喰装飾1 浅浮彫とフレスコ画
スルタニーエのオルジェイトゥ廟(ゴンバデ・スルタニエ)

オルジェィトゥ廟のタイル装飾
亀甲繋文と七宝繋文の最古はインダス文明?

※参考文献
「ペルシアの伝統技術 風土・歴史・職人」 ハンス・E.ヴルフ 大東文化大学現代アジア研究所 2001年 平凡社
「イスラム芸術の幾何学 天上の図形を描く」 ダウド・サットン 武井摩利利訳 2011年 創元社