2017/08/26

銀製皿に動物を狩る王の図


サーサーン朝の摩崖浮彫に王のライオン狩りがあった。

バフラーム2世のライオン狩り図 在位276-293年 縦2.14横4.65m  サル・マシュハド
『世界美術大全集東洋編16』は、古代西アジアの宮廷美術の典型的テーマである「帝王のライオン狩り」を表したもので、ササン朝の摩崖浮彫りでは他に例が知られていない。帝王は身体を正面観、頭部を側面観で描写されているが、その背後に立つ王妃の手をとり、右端の皇太子(バフラム3世)を守ろうとしている。
この2頭のライオンはササン朝において、王位継承者が即位式にて倒すべき2頭のライオンを意味しており、それゆえ、この図はバフラム2世が「正当・正統な帝王」であることを明示した一種の王権神授(叙任)図なのであるという。
バフラーム2世は鷲翼の冠が特徴で、ナクシェ・ロスタムやタンゲ・チョウガーン渓谷にも摩崖浮彫を残している。
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サーサーン朝の王が動物を狩る図は銀製皿にもあり、あちこちの博物館でたまに見かけるものだった。このようなテーマが銀製皿にも描写されるようになったのだろうか。
 
シャープール2世熊狩文皿 在位309-379年 銀鍍金 径31㎝ アフガニスタンまたはトルクメニスタン出土
『世界美術大全集東洋編15』は、画面向かって左には、長槍を持つシャープール2世が2頭の熊と戦い、1頭はすでに殺害し、もう1頭をも殺害しようとしている勇壮な光景が描写されている。国王は3個の矢狭間を装飾した王冠と球体(頭髪を覆う布)を頭上に戴いている。
この作品は、ササン朝ペルシアの帝王の狩猟を描写した現存する最古の作品であるという。
これがサーサーン朝最古の王の狩猟図を表した銀製皿だった。ということは、摩崖浮彫の方が先だったことになる。
70年にわたる長い統治でも、描かれた容貌から、若い時期のものだろう。
また、球体装飾という言葉で表されていたものは、長い髪を包む布だった。ガイドのレザーさんが髪の毛を大きく誇張していますと言っていたのは、ある程度正しかったのだ。
シャープール2世狩猟図文杯 銀鍍金 径22.9㎝ 1927年にウャトゥカ地方でのトゥルシェンコによる偶然の発見 エルミタージュ美術館蔵
『ロシアの秘宝展図録』は、王冠と疾駆する姿、それに弓を射る図柄からシャープールⅡ世と考えられる。こうした銀製レリーフで鍍金された帝王狩猟場面はねただ単に時代の流行であったばかりでなく、それ以上に全能で屈服され得ないササン朝の王が世俗的かつ宗教上の支配者であることを示そうと意図されたのであるという。
上の作品は若いシャープール2世を表しているが、ここでは壮年期風で、落ち着きと自信が表情に出ている。
シャープール2世猪狩文皿 在位309-379年 銀鍍金 径23.9㎝ ロシア、ウラル山脈西ペルム地方、ウェレイノ出土 ワシントン、フリア・ギャラリー蔵
『世界美術大全集東洋編15』は、帝王は2頭の猪を追跡して背後から射殺するいわゆる追跡型狩猟を行っているが、この方法は獲物と対決する狩猟よりもやや遅く銀皿に描写されるようになったと考えられる。
馬は空中飛行型で疾走しているが、胸繋と尻繋には扇状の垂飾り。1対のドングリ状の房飾りがついているという。
コインや摩崖浮彫に比べて頭部に巡る城壁冠と、球体装飾とが離れていて分かり易い。
そしてその顔貌は、かなり年配であることを窺わせるが、上の2作品よりも精悍さが現れている。

シャープール3世豹狩文皿 在位383-388年 銀鍍金 径22㎝ ロシア、ペルム地方出土 エルミタージュ美術館蔵
『世界美術大全集東洋編15』は、国王の狩猟が王室の狩猟園ではなく山岳地帯などの野外で行われていることを暗示するために、三角形の山岳文を多数連続して器の縁に描写し、そこに中央アジア原産の野生チューリップなどの草花などを刻む描写様式も特色としてあげることができようという。
見過ごしてしまいそうだが、確かに下端の3つの山岳文には、それぞれ花が線刻されている。

バフラーム2世騎馬猪狩文皿 クシャノ・サーサーン朝、4世紀前半 銀鍍金 径28.0㎝ ロシアペルム地方出土 エルミタージュ美術館蔵
『世界美術大全集東洋編15中央アジア』は、国王が湿地帯で狩りを行っていることが、画面下方の水流と右端の葦によって暗示されている。葦の茂みからは2頭の猪が国王目がけて突進し、馬は驚いて後ろ足で立ち上がっている。国王は剣で先頭の猪の肩に切りつけている。また、突進する猪の獰猛な牙を避けるために右足を90度後ろに曲げている。このような足の表現は、クシャノ・ササン朝で制作された国王猪狩文の特色である。
この図柄の重要な部分は、別の銀板に図像部分を打ち出してはめ込んでいるが、この技法はクシャノ・ササン朝ないしササン朝初期の技法である
という。

この国王がクシャノ・ササン朝のバフラム2世であることは、国王の独特の王冠形式から判明する。頭には1対の牡羊の角がついているが、バフラム2世が発行した金貨と銅貨に刻印された国王胸像の王冠形式に酷似している。また、牡羊はゾロアスター教の軍神ウルスラグナの化身の一つであり、バフラムという名前はこのウルスラグナの近世ペルシア語に相当するという。 
バフラーム2世の王冠は鷲翼が付いていたはずなのに牡羊の角?
調べて見ると、このバフラーム2世はクシャノ・サーサーン朝の王で、サーサーン朝のバフラーム2世(在位276-293年)とは別人だった。

バフラーム2世金貨 クシャノ・サーサーン朝(4世紀前半) 径3.1㎝ アフガニスタン出土
『世界美術大全集東洋編15』は、コインの図柄は基本的には前代のクシャン朝後期のヴァスデーヴァ1世(在位2世紀後半~3世紀前半)ないし2世(在位3世紀?)のものを模倣したものである。また、コインの直径が大きくなったため、厚さは薄くなり、図柄を打刻するときの衝撃によって湾曲しているという。
確かに牡羊の角の冠を被っている。でも足は鳥のよう。

国王騎馬虎狩文皿 クシャノ・サーサーン朝(3-4世紀) 銀鍍金 径28.5㎝ アフガニスタンまたはトルクメニスタン出土
同書は、ササン朝の典型的な図柄を下敷きにしているが、描写されている国王はササン朝ペルシアの帝王(諸王の王)ではなく、アフガニスタンやトルクメニスタンなど中央アジア西南部を統治した、クシャノ・ササン朝と別称されている王朝のペーローズ王ないしその縁者と推定されている。
国王は平たい冠を戴き、馬上で背後を振り返り、飛び掛かってくる虎の心臓に剣を突き刺している。もう1頭の虎はすでに国王に殺害され、画面の下方に横たわっている。
国王の頭髪は丁寧に編んであるが、このスタイルはササン朝初期の形式である。
図像の重要な部分は、別の銀板から打ち出したものをはめ込んで高浮彫りにしているので、立体感が強調されているという。
サーサーン朝では常に表されてきた、馬のドングリ形房飾りがクシャノ・サーサーン朝ではない。

ナクシェ・ロスタムやナクシェ・ラジャブ、ビーシャープールなどで摩崖浮彫を残したサーサーン朝初期の王の登場する作品を探していると、クシャノ・サーサーン朝の王たちの銀製皿の方が多いことに気づいた。


国王猪狩文皿 クシャノ・サーサーン朝(3~4世紀) 銀鍍金 径18㎝ アフガニスタン制作 山西省大同市出土 大同市博物館蔵
『世界美術大全集東洋編15』は、クシャノ・ササン朝製の銀製皿は、猪狩りが代表的なテーマで、騎馬にせよ地上に立っているにせよ、国王が足を90度曲げている点に特色があるという。
下方に波文が線刻され、左端に葦が高浮彫されるなど、水辺での狩りの様子が描写されている。
波文の上部には図柄を打ち出した板が剥がれそうになっている。

同書は、クシャノ・ササン朝では、形式化してはいるが、写実的な様式を用いて豪華な銀製皿を制作していたが、4世紀の半ばにササン朝ペルシアのシャープール2世(在位307-379)がこの小王国を併合したため、以後はササン朝の国王を表した銀製皿がクシャノ・ササン朝のメルウ、バルフなどの工房で制作されたと推定できるという。

帝王騎馬獅子狩文皿 サーサーン朝 出土地不明 イラン国立博物館蔵
『ペルシャ文明展図録』は、帝王の冠はコインには見られない珍しいもので、王名を特定することは困難であるが、内厚の浮彫からササン朝の銀器としては比較的古いものと考えられる。帝王が後ろ向きに矢を放つ構図は「パルティア式射法」と呼ばれる典型的な図像という。
見るからに古風な作品である。馬にはサーサーン朝に特徴的なドングリ形房飾りがついているが、王冠がサーサーン朝では見られないものということで、併合される前のクシャノ・サーサーン朝時代の作品ではないのかな。
パルティアンショットについてはこちら

『世界美術大全集東洋編16』は、銀器類はおそらく、宮廷などの酒宴に用いるために制作されたのであろう。また、これらの銀器類は、国王たちが外国の支配者や、臣下などへの贈物として制作されたといわれているが、そのほかにも、逆に総督や高官などが国王への貢物(ないしは賄賂)として作らせた場合もあったのではないかと推定される。 
5世紀以後になると、「打ち出しはめ込み」による高浮彫りの技法は消滅し、それに代わって刻線によって細部を仕上げる簡便な方法が用いられるようになった。

いわゆるササン朝銀皿は、初期の作品が技法的にもっとも優れ、しだいに衰退していったという。


  サーサーン朝の王たちの浮彫←         →軍旗とスタンダード

関連項目
アケメネス朝の美術は古代西アジア美術の集大成
サーサーン朝の王たちの浮彫
パルティアン・ショットは北方遊牧騎馬民族のもの?

※参考文献
「ペルシャ文明展 煌めく7000年の至宝 展図録」 2006年 朝日新聞社・東映
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」 2000年 小学館
「世界美術大全集東洋編15 中央アジア」 1999年 小学館

「ロシアの秘宝 ユーラシアの輝き展図録」 1993年 京都文化博物館・京都新聞社