2014/05/30

卍繋文の最古は?



今回のギリシア旅行では様々な時代の卍繋文を見かけた。それを年代順に並べると、

軒飾り ローマ時代(詳細不明) コリントス考古博物館蔵
浮彫で卍繋文とその間に文様のある四角形を置いている。

舗床モザイク 後3世紀 オリンピア遺跡、クロニオンの浴場 遺跡の説明パネル
横長の十字を囲む横長の四角形を2つずつ間に置いて、卍繋文が主題の周囲を巡っている。

舗床モザイク 古代コリントスの西アナプゴラ村出土 5X9m 後2世紀末-3世紀初
博物館の説明板は、ローマ時代の邸宅の食堂に比定されている。
中央の3つのパネル(現状は2つ)は鳥と果実が描かれ、立体的に見えるように構成した、複雑なメアンダー文に囲まれている。
舗床モザイクに、一般的な石のテッセラに加えて、ガラスのテッセラが多く使われているのは注目に値する
という。

日本美術をやっている者にとっては、これは卍繋文だが、西洋美術ではメアンダー文、ギリシア雷文などと呼ばれている。メアンダー文とは小アジア側(現トルコ)のメアンドロス川が蛇行していることから名付けられたと、何かで読んだことがある。
卍と卍の間には、正方形がある。

舗床モザイク 海馬とニンフの間 後期ヘレニズム時代 コス島 ロドス島ヨハネ騎士団長の館蔵
中央の主題は小さく、それを巡る文様帯が大きく表されている。卍だけの卍繋文が蔦文の内側を飾っている。

テセウスによるヘレネの略奪 前4世紀末 小石による舗床モザイク(ペブル・モザイク) ペラ、ヘレネの略奪の館
白く抜かれた四角形に黒い点が5つ、この文様の名称を調べてみたが、記されているものがないので、わかるまでは仮にサイコロ文と呼んでおこう。
卍繋文の卍と卍の間に、サイコロ文が配されている。

墓石柱 ヴェルギナ、大古墳(メガリ・トゥンバ、前4世紀後半)出土 同博物館蔵
中にX状の対角線のある四角形と卍が1列に交互に配されて、卍の4本の線はそれぞれ別の卍に繋がる、卍繋文となっている。 

軒飾り 後期クラシック時代、前380-330年頃 オリンピア、レオニダイオン出土 オリンピア考古博物館蔵
唐草文は浮彫だが、卍繋文は彩色。

舗床モザイク 前4世紀 ヴェルギナ宮殿出土 丸石モザイク 実際には見ていない。
中央に四角い点が一つあるだけだが、これもサイコロ文の一種だろうか。

破風の軒飾り クラシック-ヘレニズム時代(前5-前1世紀) 彩色によるメアンダー文、葉文、渦巻文 エピダウロス考古博物館蔵
彩色のよく残っている卍繋文だ。サイコロ文に白と黒の石畳文があり、その外側を赤い線、そして白い線が囲んでいる。 

左上 棟飾り(シマ)の部材 前430年頃 彩色 オリンピア、フェイディアスの仕事場出土
わかりにくいが、卍と卍の間にはサイコロ文がある。

右下 イオニア式破風の棟飾りの部材 前4世紀初 彩色 オリンピア、フェイディアスの仕事場出土
フェイディアスがゼウス像を制作したよりも後の時代のもの。
赤い枠の中に、黒地のサイコロ文がある。 

アテネ、アクロポリスのパルテノン神殿にも卍繋文がある。

水瓶を運ぶ青年 盛期クラシック期、前447-432年 アテネ、新アクロポリス美術館蔵
2段に卍繋文が並ぶ。白いサイコロ文が卍と卍の間にあり、しかも上下交互に配されている。
その色彩復元図
卍繋文が2段にわたって、交互に配されている。卍の間に置かれるサイコロ文は、黄と青の石畳文となっている。

また、新アクロポリス美術館のレベル1では、「アクロポリスの色彩」という特別展示があった。アクロポリスのコレーと呼ばれる女性像は変色はしていたが、彩色が残っていて、像の横にその復元された色彩のパネルが置かれているものもあった。
『アレクサンドロス大王と東西文明の交流展図録』は、アクロポリスのコレーは、前480年ペルシャ軍のアテネ攻略で破壊されたため、神域内に埋葬された。そのため、着色が残るなど、保存状態が良好なものが多いという。

アクロポリスのコレー674 後期アルカイック時代、前500年頃 0.92m アクロポリス美術館蔵
『archaic colors』は、杏仁形の目をしたコレー、頭にはメアンダー文のあるステファネをつけているという。
ステファネはウェーブのある髪の上に見える帽子か帯状の髪飾りのことらしい。よく残っていないで、卍繋文は浮彫らしい。
その拡大
同書は、キトンの上方は現在では緑色だが、元は青だった。中央の折り目(paryphe)には二重のメアンダー文がある。ヒマティオンの襞の端にはメアンダー文帯が巡っているという。
キトンには2段にわたって卍繋文が展開し、卍と卍の間にはサイコロ文が入り込んでいるが、剥落しているところもあって、よくはわからない。
上着のヒマティオンに至っては、衣端に文様帯があったらしい。

アクロポリスのコレー594 後期アルカイック時代、前520-500年頃 アテネ、新アクロポリス美術館蔵
同書は、キトンの襞は青と赤で、明るい色の十字メアンダー文がある。ヒマティオンとエピブレマの端は、2つのメアンダーと交差する線の文様帯がある。ロゼット文は布地のあちこちに散らされているという。
キトンは内側に着た長衣で、今は失われた左手でその裾を持ち上げていたことが、薄い布の浅い襞の線が左腰下に集まり、その端を飾っていたメアンダー文がそこで折れ曲がっていることからわかる。
ヒマティオンは左脇下から右肩に掛かり、左肩へと回ったところで終わる襞の多い厚い肩掛けで、交差する線はよくわからないが、2種類のサイコロ文が交互に配されている。この場合のメアンダーとは、卍繋文ではなく、このサイコロ文のことらしい。
その拡大
キトンのメアンダー文は、大きな白いサイコロ文と卍を交互に配しながら、卍から出た線が2本ずつ前方と後方へ分かれ、それぞれ次の卍へと繋がっていく。その線自体も蛇行するという凝った文様帯となっている。

一方、ヒマティオンはには2種類の黒いサイコロ文が交互に配されている。一つは白い十字が抜かれ、その中に黒い十字に交差する線がある。もう一方は、白と黒の石畳文になっていて、黒を地とすれば、サイコロの5のようだ。

アクロポリスのコレー680 後期アルカイック時代、前520-510年頃 アテネ出土 大理石 高さ115㎝ アテネ、新アクロポリス美術館蔵
『世界美術大全集3エーゲ海とギリシア・アルカイック』は、「アクロポリスのコレーたち」のなかで最も典型的な着付けをした一体である。すなわちキトンの上に右肩から左脇下にかけてヒマティオンと呼ばれるマントをいわば袈裟懸けにしている。キトンの上縁と下縁に異なるメアンダー文様、その左肩の袖の部分にさらに複雑な同文様、マントにはメアンダー文様のほかに波頭の連続文様なども残存しているという。
中央から左下へと曲線を描くキトンの端の文様帯にはっきりと残された卍繋文は、1つの点を間に挟んでいる。
コレー594では大きな白い四角形だったが、ここでは卍から出た2本の線と両側の卍で区切られた四角い空間に点だけある。
当時は、卍をその延長する線で二筆書に繋いでいくと、このような空間が必要だったのだろうか。

アクロポリスのコレー682 盛期アルカイック時代、前525年 高さ1.82m アテネ、アクロポリス美術館蔵
『archaic colors』は、ガラスが目に象嵌されていただろう。
キトンの中央の折り目は、赤地に複雑なメアンダー文が描かれ、袖は四角形の並ぶ文様帯である。青い線はふくらはぎを巡っている。
ヒマティオンは衣端に文様帯があり、上腕にかかっている。点で表されたロゼット文、渦巻きや形のくずれたパルメットが着衣のあちこちに鏤められているという。 
その拡大
ヒマティオンの衣端には小さなサイコロ文4つで一組の文様になっていたようで、左腕には、点描で表されたサイコロ文のある黒枠が並んでいるように見える。
キトンは、サイコロ文と卍を交互に配した二段の卍繋文となっている。

『archaic colors』は、コレー像は、陶器の装飾でおなじみのデザインが描かれている。メアンダー文、連続渦巻文、パルメット、蓮華などの文様帯になっているという。
そこで、陶器の文様帯を調べてみたが、卍繋文の描かれた陶器で、アクロポリスのコレー像群よりも古いものを見付けることはできなかった。

アッティカ赤像式アンフォラ 前490年頃 ヴルチ出土 クレオフラデスの画家 ミュンヘン州立古代収集古代彫刻館蔵
黒いサイコロ文の中にX字状に白く抜いて、その中にX字形の線を描いている。黒いサイコロ文と卍が互い違いに横に並ぶ。卍から延びた線が左右の卍に繋がっている。

卍繋文は、今の時点では、アクロポリスのコレー682(前525年)の着衣に描かれているものが最古だが、二段に文様が展開しており、文様としての完成度が高いので、卍繋文はそれ以前に出現していただろう。

                       →メアンダー文を遡る

後日、アナトリア文明博物館の図録を開いて、アナトリアの青銅器時代に卍繋文があったことがわかりました。
それについてはこちら

関連項目
卍繋文の最古はアナトリアの青銅器時代
中国でギザギザの衣文は
アルカイック期の衣文が仏像の衣文に
ギリシア雷文
卍文・卍繋文はどのように日本に伝わったのだろう
単独卍文の最古は
ペロポネソス半島2 コリントス遺跡3  博物館2
オリンピア1 遺跡の最初はローマ浴場
オリンピア11 宝庫の軒飾り・棟飾り
ギリシア神殿5 軒飾りと唐草文
ギリシア神殿3 テラコッタの軒飾り
ロドス島6 ヨハネ騎士団長の館1
古代マケドニア1 ヴェルギナの唐草文

※参考文献
「archaic colors」 Dimitrios Pandermalis 2012 Acropolis Museum
「ベルギナ 考古学遺跡の散策」 ディアナ・ザフィロプルー 2004年 考古学遺跡領収基金出版管理
「カラー版 ギリシャを巡る」 萩野矢慶記 2004年 中公新書
「アレクサンドロス大王と東西文明の交流展図録」 2003年 NHK
「世界美術大全集3 エーゲ海とギリシア・アルカイック」  1997年 小学館