2013/05/14

ボストン美術館展5 法華堂根本曼荼羅図1風景



ボストン美術館展の仏画室で、これまで採り上げてきた作品とは雰囲気のことなる仏画があった。それは奈良時代のものだった。奈良時代の仏画!いったい日本にどれだけ残っているのだろう。

法華堂根本曼荼羅図 麻布着色 縦107.1横143.5 奈良時代(8世紀) 1911年寄贈 ウィリアム・スタージス・ビゲローコレクション
同展図録は、本図は霊鷲山で釈迦が諸尊や衆生に囲まれ法華経を説く光景をあらわしており、西洋における東洋美術コレクションの中でも傑出して重要な作品の一つである。背景描写については、苧麻(東南アジア原産の麻の一種)が暗褐色に変色しており岩絵具も剥落が激しいことから判読は難しいが、険しく聳える山容と深い峡谷が描かれているのがわかるという。
なんとなく山の中で説法しているような雰囲気はわかった。
添えられた赤外線写真で、下の方は小さな襞が重なり合い、上方は切り立った崖となっている山容などがうかがえるが、実景を描いているようではなさそうだ。
きっとこのような説法図が唐から請来されていたのだろう。
『日本の美術204飛鳥・奈良絵画』は、背景の山水は左右に懸崖の続く谷間をぬって蛇行する水流があり、その間の山々は幾重にも峰々が折り重なり、そこには鬱蒼とした樹木が繁っている。花の咲いた樹木もあり、寒林の枝を屈曲させた松樹も見出させる。
山水の表現には複雑な懸崖や樹林が錯蒼し、空間的な広がりがあり、優れた遠近感の表現が見られるという。
それにしても、奈良時代の風景画?そんなものがあっただろうか?
せいぜい正倉院宝物の琵琶に描かれたものを思い出すくらいだ。

楓蘇芳染螺鈿槽琵琶 捍撥部分 奈良時代(8世紀) 正倉院南倉
『第56回正倉院展目録』は、捍撥には皮を張り白色下地に彩絵を施した上にその保護のために油を引く。密陀絵の一種である。縦約40㎝、横約16㎝の小さい画面に、縦方向に近景から遠景まで懸崖、渓谷、遠山を配して奥行きのある図様を作り、盛唐期山水画の「咫尺千里」を彷彿させる。墨や彩色による陰影法、暈繝彩色の青-赤、緑-紫を対比させる配置などは唐朝8世紀に入ってからの新しい技法とみられ、図は盛唐期の画風を伝えるきわめて貴重な作品である。
なお白色顔料の一部からは、純正鉛白ではなく塩化物系化合物が検出され、本図をわが国における製作とみる有力な根拠とされるという。
崖は切り立っているが、法華堂根本曼荼羅図に通じる山の描き方ではない。
紫檀木画槽琵琶、捍撥部分 正倉院南倉
『第61回正倉院展目録』は、画面は、下方から上方にかけて近景・中景・遠景の三段に描きわけられており、まず近景には3人の騎馬人物が配される。中景には、獲物の鹿を担いで帰る2人の人物、四弦琵琶を演奏して音楽に興じる酒宴の様子が描かれる。遠景には山中で弓を射る4人の人物とこれに立ち向かう虎、さらに遠方には水平線上に三山形式の遠山が描かれる。これらの人物の服制や、懸崖・土坡の形状、ベルト状の皴法などは、中国・六朝様式を濃厚に受け継ぐ初唐の様式を示しており、朝鮮半島・高句麗の古墳壁画に描かれる狩猟図とも近似するという。
法華堂根本曼荼羅図の山の描法とはもっと隔たっている。
ベルト状の皴法というものは法華堂根本曼荼羅図には見当たらないので、おそらく、初唐期(618-712年)にぎりぎり引っ掛かる奈良時代初期に請来された琵琶が、どのような経緯でか、後に正倉院に納められることになったのだろう。 
日本の美術204飛鳥・奈良絵画』は、法華堂根本曼荼羅は、もと東大寺法華堂に伝来したもので、裏面に貼付されてあった修理銘によれぱ、久安4年(1148)画僧珍海によって修補され、当時「法華堂根本曼荼羅」と呼ばれたことがわかる。
ただ山の稜線や懸崖、樹林があまりにも重畳と重なり合いそれらの間の前後関係の把握を困難とし、これを日本における転写の際の写し崩れとみる考え方もある。
本図の制作の時期と場所については従来より議論が多いという。
唐画の可能性も残されているようだ。

つづく

関連項目
ボストン美術館展8 法華堂根本曼荼羅図4 容貌は日本風?
ボストン美術館展7 法華堂根本曼荼羅図3 霊鷲山説法図か浄土図か
ボストン美術館展6 法華堂根本曼荼羅図2菩薩のX状瓔珞
ボストン美術館展4 一字金輪像
ボストン美術館展3 如意輪観音菩薩像
ボストン美術館展2 普賢延命菩薩像
ボストン美術館展1 馬頭観音菩薩像

※参考文献
「ボストン美術館 日本美術の至宝展図録」 2012年 NHK
「ボストン美術館所蔵 日本絵画名品展図録」 東京国立博物館・京都国立博物館編集 1983年 日本放送網株式会社
「日本の美術204 飛鳥・奈良絵画」 百橋明穂 1983年
「第56回正倉院展図録」 2004年 奈良国立博物館 
「第61回正倉院展目録」 奈良国立博物館監修 2009年 財団法人仏教美術協会