2012/11/23

第64回正倉院展6 密陀彩絵箱の怪魚はマカラ?


密陀彩絵箱の身側面に並んでいる怪魚の頭部はマカラではないのだろうか。

密陀彩絵箱 みつださいえのはこ 中倉
縦30.0横45.0高21.4
『第64回正倉院展目録』は、身側面は、忍冬唐草文と怪魚の頭部が規則的に並び、律動感と秩序が並存する。床脚にも蕨手状の草文が配されるという。
気炎や火焔ではなく、食べ残しを吐き出しているのだろうか。
マカラについて『東洋の造形』は、古代インドの人びとは、海や河の水にも主が住んでいると想像し、それを具体的に造形した。その一つが、インドで誕生し、発展した「摩竭魚」(梵語ではマカラ(摩伽羅)という)である。
摩竭魚は、普段は深い海底や河底の海草や水草の下にいて、小魚や真珠貝などを食べているが、ときどき陸に上がって、鹿や獅子などの動物を食すると想像された。その姿は、胴体は鰐(ワニ)で、尾は海豚や鯨であり、表皮には鱗があり、牡牛や獅子や熊、あるいは鹿や象などの頭をもち、前肢には羚羊(カモシカ)の足がついていると想像した。
また、摩竭魚は、海や河の大食漢と呼ばれ、口に長いなまず髭をつけ、その髭の間から吐く息とともに、食べた動物や真珠、海草や水草の茎などを吐き出すのである。このようすが、ブッダガヤ遺跡の塔門、アジャンタ遺跡の壁画などに描き込まれているという。


マカラとヤクシャを表す浮彫装飾 6世紀 インド、サールナート 砂岩 高21幅100奥行27.5 ニューデリー国立博物館蔵
同展図録は、建築の楣のフリーズ装飾で、グプタ朝の渦巻唐草の典型的な特徴を示す一例。この唐草文は葉先が翻り、うねった渦巻状になる流麗なもので、怪魚マカラと小人形ヤクシャとともに表される。マカラはその頭部と前脚だけが残り、頭部後方から尾の部分が唐草化しているという。
マカラがヤクシャを呑み込もうとしている場面に見える。
瓔珞などにもマカラの頭部だけが使われていたりする。

ヴィシュヌ立像 5世紀 インド、マトゥラー、ジャイシングプラ出土 砂岩 高93幅58奥行30 マトゥラー博物館蔵  
『インド、マトゥラー彫刻展図録』は、頭部を欠くが肩に巻き毛を長く伸ばし、豪華な首飾りを付け、腰帯両端の紐を体前に垂らしているという。
3連の首飾りの一番外側の、何筋もの真珠を捻って束ねたものの胸前にある飾りにマカラが表されている。中央から両側に口を開いたマカラが食べ残しの真珠をまとめて吐き出しているのだろうか。
クリシュナのヤゥパーナ渡岸と摩竭魚 2世紀 砂岩 マトゥラ博物館蔵
『東洋の造形』は、人間に解脱を啓示しにきたというクリシュナ伝説をもとに浮彫りにされている図である。龍神や摩竭魚が上半身を水面に出しているのがみられるという。
摩竭魚の頭部だけが表されているものがあった。マカラは口を広げて魚を吐き出しているのではなく、頭から呑み込もうとしているように見える。
海獣マカラと龍神ナーガ マトゥラー、ソーンク出土 クシャーン朝、2世紀 砂岩 高22㎝ マトゥラー博物館蔵
『世界美術大全集東洋編13 インド』は、鰐に似た空想上の海獣マカラも、水に潜むエネルギーと関係し、古代初期美術以来、マトゥラーにおいても装飾的なモティーフとして好まれているという。
やっぱり吐き出すだけでなく、呑み込む場面もあるようだ。
尾は渦巻いている。
摩竭魚 バールハット遺跡の塔門 浮彫  前2世紀頃
顔面は、水に住む鰐の形になり、鼻の端が象のように巻き上がっており、口のまわりには細長い髭がみられる。尾は、魚のかたちではなく、渦巻形になっているという。
尾に鱗がはっきりと表されているが、渦巻く尾というのはイルカでもクジラでもない。
摩竭魚とヤクシャ ブッダガヤ出土の石に浮彫 前3世紀
鰐のごとく歯をむき出した顔面と、尾にかけてねじれた魚尾をもっているという。
捻れ方が一重、二重、幾重と様々。
マカラは古いものでも尾が捻れていた。
「密陀彩絵箱」の怪魚がマカラではないかと調べていたら、「瑠璃坏」の台脚裾に表された、尾が渦巻く怪獣の起源に辿り着いてしまったような気がする。
ひょっとするとこれもマカラを表したものではないだろうか。
関連項目
第64回正倉院展7 疎らな魚々子
第64回正倉院展5 今年は怪獣が多い

第64回正倉院展1 瑠璃坏の輪っか

※参考文献
「第64回正倉院展目録」 奈良国立博物館 2012年 財団法人仏教美術協会
「日本・インド国交樹立50周年記念 インド、マトゥラー彫刻展図録」 東京国立博物館・NHK編集 2002年 NHK
「東洋の造形 シルクロードから日本まで」 吉永邦治 1993年 理工学社
「西域記のシルクロード 三蔵法師の道展図録」 1999年 朝日新聞社