2012/01/31

ネムルート山の浮彫石板

『コンマゲネ王国ネムルート』には、西のテラスの配置復元図(カール・フーマンによる)が示されている。
同書は、ネムルート山の天然の石灰岩を選んだ。浮彫の石板は更に細かい砂岩でできており、数㎞離れた石切場から運ばれてきたものである。
正面の石像と同列に並べられた浮彫は、デキオシズつまり握手のシーンである。握手はペルシアの儀礼上、重要な意味を持っていたというが、現在はほとんど残っていない。
浮彫石板の列は、両側を小さなワシとライオンの像に挟まれている、というか護られていたようだ。
東のテラスに比べてここの「デキシオシズ」はかなり保存状態が良い。細部の仕上げから熟練した彫り師の仕事と推定されよう。
「デキシオシズ」の左端はアンティオコスⅠと女神コンマゲネ、しかし破損がひどく、細部はよく判別できない。

その隣はアンティオコスとアポロン-ミトラスが手を握る。
どっしりとした生地の儀礼用衣裳を身につけているが、紐で裾をからげているのは乗馬に便利なためだろうという。
これまでから騎馬像や騎馬遊牧民の像はいろいろと見てきたが、このように裾をたぐったものは初めて見た。コンマゲネ王国だけかも。
刀の鞘にもライオン頭の飾りが5つ見えるという。
このようなタイプをアキナケス剣と呼ぶが、それについては後日
アポロン-ミトラスも錫を手にし、神というよりも王の様な装いである。彼のティアラの形はフリギアの頭巾に似ているが、光線が矢のように突き出ているのはいかにも光の神らしいという。
紐の縄目などもわかり、細かい部分まで表現されている。
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、浮彫りには叙事的な主題はなく、国王の王権神授を表した。王権神授の主題自体は初期王朝以来のメソポタミアに由来するものであるが、ニムルド・ダーの場合、国王と神が右手で握手(デクシオーシス)をしている点を特色とする。この形式の王権神授図は以後、踏襲されることはほとんどなかったが、ギリシアやローマの葬礼美術に見られる使者と家族、神々の間の右手による握手の形式を応用したものであるという。
握手がペルシア風という人もいれば、ギリシア風という人もいる。
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、冠は再生、永遠不滅、勝利などを象徴する棗椰子や月桂冠の葉で飾られているが、棗椰子文の最上部が鋸の歯のようになっているのは、本家のアルメニア王国の王冠形式を真似ているからであるという。
石像も被っていた冠帽が、アルメニア王国の王冠だったとは。
確かに横向きのライオンの周りに月桂樹の葉飾りが浮彫されている。
そして冠のギザギザはその一つ一つが生命の樹ナツメヤシを表し、その上に丸いものがある。ナツメヤシの実だろうか。
『コンマゲネ王国ネムルート』は、ゼウスの玉座の脚はグリフォンを象っており、角が突き出たライオンの頭にワシの爪の足が見える。
ゼウスの左肩、玉座の背には翼を広げたワシが飾られている。神の左手に長い錫、頭部は破損しているがティアラのトップが少し残るという。
右のアンティオコスⅠの冠にはライオンではなく、翼を広げたワシが表されているようだ。衣服の文様も丁寧に彫り出されている。
腰紐からアキナケス剣をぶら下げている。
4番目の浮彫はアンティオコスヘラクレス-アルタグネス-アレス。王は前と同様なスタイルでヘラクレス-アルタグネス-アレスは裸で、棍棒とライオンの皮衣を手にしているという。
やっぱりアキナケス剣をつけている。アキナケス剣は王権の象徴のようなものだったのだろうか。
棍棒についても後日
握手シーンが4つ続いた後に、大きなライオンの浮彫がある。
1.75X2.40mの石板いっぱいに浮彫にされたライオンが、頭は正面に向けながら、左へのゆったりとした歩みを見せている。その体と背景に大小の星が彫られている。
この浮彫は世界最古のホロスコープ、占星術を示すもので、この星の配置は前62年7月7日、十二宮の最初の月レオの初めとなるという。
前62年はアンティオコスⅠが即位した年だ。
上の浮彫の列の左に少し角度を変えてライオン像と浮彫の人物像がある。
アンティオコスⅠの祖先の一人らしい。南側のものが父方の祖先像なら、これは母方の祖先像だろうか。
テラスの南側には浮彫がたくさん並んでいた。
アンティオコスⅠの父方の祖先のひとりクセルクセスの浮彫という。
アンティオコスⅠに冠でも授けているのだろうか。
これらの浮彫が誰を表しているのか、説明板でもあればよかったのに。
この像は衣文が丁寧に彫られている。上着が短いので、ズボンの襞がよくわかる。
この像も冠のようなものを右手に持っている。
長衣に葉文や斜めの細かい線などが表されている。ズボンまたはブーツにも細かな文様がある。フリギア帽のようなものを被っている。
横向きで右足は前方を向けているが、先が欠損しているものの左足は横向に、我々から見ればこちら側に向けている。
グレコ・イラン式の浮彫はこのようなものだった。

※参考文献
「コンマゲネ王国ネムルート」(2010年 A Tourism Yayinlari)
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」(2000年 小学館)
「世界美術大全集4 ギリシア・クラシックとヘレニズム」(1995年 小学館)