2010/06/04

エジプトにもファイアンスの器


エジプトと言えば彩釉タイルよりも青いファイアンスだ。


魚図鉢 新王国第18王朝(前1400年頃) テーベ、ディール・アル=マディーナ1382号墓出土 ファイアンスまたは陶器 青釉 口径17.0㎝ カイロ、エジプト博物館蔵
『世界美術大全集2エジプト美術』は、ファイアンス製あるいは陶製の青い釉薬を施した鉢形容器は、中王国時代に作られた外面にロータスの花弁の装飾をもつ碗型容器から発展して、新王国時代の初頭からしばしば製作されるようになった。器自体に塗られた釉薬の明るい青を背景に、マンガンを使った濃い紫色あるいは暗褐色で描かれた装飾は、通常ナイル川の水や自然になんらか関連しているという。
マンガンは釉薬に溶けたり滲んだりしないことが経験的にわかっていたため、このような細かい絵柄の絵付けに使われたのだろう。
器ではないが、置物のファイアンスもある。  

カバ 中王国第12王朝(前1985-1773年) テーベ出土 高さ10㎝ 国立カイロ博物館蔵
『原色世界の美術12エジプト』は、第11王朝頃から、施釉のファイアンス製のカバが副葬品として現れ、第12王朝まで盛んになったが、以後すっかり姿を消した。
本図は、青色釉のかかった上に、顔から頭にかけてスイレンの花と蕾、横腹に2本のパピルス草とその茎に休む鳥が描かれている(反対側にはチョウがとまる)。おそらくカバの住む沼沢地の光景を表したものであろうという。   
絵柄は簡素だが、やはり黒い線で描かれている。中王国時代に作られた外面にロータスの花弁の装飾をもつ碗型容器というのも黒い線で連弁のようなものが描かれていたのだろうか。 
ファイアンス製品 初期王朝時代(前3000-2686年頃) アブ・シール丘陵南斜面岩窟遺構出土 2.8-5.5X2.0-2.7㎝
『早大エジプト発掘40年展図録』は、下図左より、葦の祠堂をモデルにしたもの、4面に長い顎鬚のある外国人の顔を表現したもの、縦横の線が刻まれた円筒形のものや円錐形のビーズなどが発見されている。本来の用途は分からないが、同じようなビーズは、アビドスのオシリス神殿に納められたものに見られる。他のファイアンス製品と同じく、奉納品として使用されたのだろうという。
装飾品ではなかったようだ。器よりも先にこのような小さなものが作られていたようだ。
初期王朝時代には黒い線はなく、線刻または鋳型で凹みを作ったように見える。 
ところで、ファイアンス製品が最初に作られたのは、エジプトかメソポタミアか。


『ガラスの考古学』は、ガラスの起源は、釉の存在と結び付けて考えるのが一般的である。何故なら、ガラスとは、釉が陶器など施釉製品の表面から離れて、独自で形態を持ったものだからである。釉とは、粘土やその他の物質を核として、その表面にガラス質の膜を被せたものをいう。
施釉石 施釉形態は、加工した石の表面に、銅鉱石であるマラカイト(孔雀石)の粉などを施して焼成したもので、マラカイトの場合、銅が着色剤となり青緑色を呈し、これにカルシウムなどが作用すると白色を呈した。
メソポタミアにおいては、アルパチアの子供墓から出土した凍石製白色環状珠(Mallowan 1935)がウバイドⅢ期(前41世紀前後)に属するとされ、現在知るかぎりもっとも古い。
エジプトではバダリ出土の凍石製青緑色珠(Moorey 1985)(バダリ期、前41世紀)が知られているものの、これに続く先史時代の確実な出土例に乏しく、 略  エジプトは基本的には農業国で、その豊かな経済力を背景に、工業技術の進んだシリア・メソポタミアから、最新の製品や技術を取り入れていたものと考えられる。
ファイアンス 可塑性に富んだ石英微粒砂に少量のアルカリ溶剤(釉)を加えて焼結させたもので、一般にファイアンスと呼ばれている。初現はやはりメソポタミアにおいてである。
同一のアルパチアの子供墓から出土している。
これに対しエジプトでは、ナカダⅠ層(アムラー期、前38世紀前後)出土の緑色珠(Vandiver 1983)が初現とされるが、かつて考えられていたほどにはファイアンスは先史エジプトにおいて一般的ではなかったようであるという。

『古代ガラスの技と美』も同じように、メソポタミアからエジプトに導入されたものと考えられている。


前41世紀のアルパチアの子供墓から出土した凍石製白色環状珠やファイアンスが見てみたいものだ。どちらも発掘したマローワン(アガサ・クリスティーの夫)は英国の考古学者なので、大英博物館に行けば見られるかも。

※参考文献
「世界美術大全集2 エジプト美術」(1994年 小学館)
「吉村作治の早大エジプト発掘40年展図録」(2006年 RKB毎日放送株式会社)
「原色世界の美術12 エジプト」(1970年 小学館)
「四大文明 メソポタミア文明展図録」(2000年 NHK)
「ものが語る歴史2 ガラスの考古学」(谷一尚 1999年 同成社)
「古代ガラスの技と美 現代作家による挑戦」(編者古代オリエント博物館・岡山市オリエント美術館 2001年 山川出版社)