2010/05/07

世界のタイル博物館6 クエルダセカのタイル

クエルダ・セカのタイルはスペインのコーナーではなく中近東地域のところにあった。

『世界のタイル・日本のタイル』は、鮮やかな色彩を用いた明快な文様が特徴のクエルダ・セカは、油性の顔料で輪郭を描いたのち、各面を色釉で塗りつぶして焼成したものである。顔料は燃えてしまうため、輪郭線が色釉の部分よりも凹んだ状態で残る。イスラーム支配下にあったスペインでも用いられ、クエルダ・セカという名称もスペイン語から生まれた。本来は「乾燥した紐」を意味するという。

藍地多彩唐草文タイル トルコ クエルダ・セカ 16世紀 272X165X18 世界のタイル博物館蔵
クエンカ技法のタイルと違って線が黒いし、色釉の文様が平板な感じがする。といって黒の輪郭線が凹んでいる風にも見えない。  
青地多彩花鳥文タイル イラン クエルダ・セカ 17-18世紀 242X233 世界のタイル博物館蔵
イランではかなり時代が下がるまでクエルダ・セカ・タイルが作り続けられたようだ。描かれているものもモスクや宮殿ではなく、一般家庭などに貼られたのではないかと思うような意匠だ。 
しかし、このトルコのクエルダ・セカ・タイルは16世紀、イランのタイルは17-18世紀と、スペインの15世紀のクエンカ技法タイルよりも時代の下がる作品だ。

クエルダ・セカがクエンカ技法よりも早く現れた技法なら、スペインのものよりも古いクエルダ・セカ・タイルが見てみたい。

クトゥルク・アカー廟またはトゥマン・アカー廟のタイル ティームール朝(1404/05年) サマルカンド、シャーヒ・ズィンデ墓廟群内  ウズベキスタン
『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、15世紀のティームール朝に発達したタイルの技法の例は、すべてシャーヒ・ズィンデ墓廟群に見ることができる。14世紀後半から15世紀初期に中央アジアで発達したクエルダ・セカなどが継続して使われた。
スペイン語で「乾いた線」を意味するクエルダ・セカとは、マンガンに油脂を混ぜた溶液で描かれた太い黒色の輪郭線が、さまざまな色彩の釉薬の混じり合いを防ぎ、一つの面に多色の釉薬を混在させることを可能にする施釉技法を指した美術用語であるという。
クエルダ・セカは14世紀後半に中央アジアで確立された技法のようだ。
この図版のなかでクエルダ・セカが使われているのは、アラビア文字を縦に並べた部分である。確かに黒い輪郭線がある。     
ウスタード・アリーム廟  サマルカンド、シャーヒ・ズィンダー廟内
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、何といっても注目せねばならないのは、ハフト・ランギー技法の出現で、その初現は管見の限りシャーヒ・ズィンダーに見うけられる。シャーヒ・ズィンダーとは、サマルカンド北郊にある聖者廟を核とする墓廟群で、14世紀を通して造営が重ねられ、ティムールの女系家族が葬られたという。
輪郭線も黒くてクエルダ・セカかと思ったが、ハフト・ランギーというらしい。どんな違いがあるのだろう。
ハフト・ランギーとは、ペルシア語で七色を意味し、となりあう色と色が交じり合わないように、まず境を溶剤で線描し、線に囲まれた面に色を発する釉薬を挿して焼き上げる方式であるという。
黒色の輪郭線がどのような成分かは記されていないが、クエルダ・セカと同じ技法のようだ。ペルシア語のハフト・ランギーがスペインに入ってクエルダ・セカと呼ばれるようになったのではないだろうか。    
1397年にティムールが首都としたサマルカンドは、次々と建立された大建築を覆うタイルの色から「青の都」ともよばれる。彼の建設活動を円滑に進捗させた要因には、ハフト・ランギーの技法の他に、長方形のタイルを切断することなしにそのまま用いたモザイク・タイルがある。彼は大建築を短期間に美しく覆い尽くすために、とりわけ装飾プログラムをパネル化する際に、大壁面に適応可能なこれらの技法を積極的に採用したという。
長方形のタイルによるモザイクは、シャーヒ・ズィンダーのどちらの壁面にも見られる。確かに色付きタイルをそれぞれの形に刻み、壁面に貼り付けて文様をつくるモザイク・タイルよりもずっと時間を節約できる技法である。
また、ハフト・ランギーなら、ウスタード・アリーム廟の中央のパネルのように大きなタイルにも適した技法で、同じく小片に切ったタイルを組み合わせる手間が格段に省ける。
やっぱりハフト・ランギー、スペインではクエルダ・セカと呼ばれたものは、作業の省力化を図って出現した技法だったのだ。      
 
※参考文献
「世界のタイル・日本のタイル」(編者世界のタイル博物館 2000年 INAX出版)
「世界美術大全集東洋編17 イスラーム」(1999年 小学館)
「砂漠にもえたつ色彩 中近東5000年のタイル・デザイン展図録」(2001年 岡山市立オリエント美術館)