2009/08/07

円筒印章に取り付けられているもの

 
円筒印章は、芯に穴をあけて、首飾りや腕輪、ブローチとして持ち運ぶものもあったようだが、他にはつまみのようなものが付けられていたり、上部に紐を通す穴のあるもの、また、持ち運んだり、回転させたりする道具が取り付けられているものをときどき目にする。

動物小像付き円筒印章と印影 羊を飼育する男とイナンナ女神の標柱 前3200-3000年頃 ウルク遺跡付近で入手 大理石 5.4X4.5㎝ ベルリン国立博物館西アジア美術館蔵
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、男が両手に植物の枝を握り、2頭の羊が左右からロゼット状の花に口を寄せる。イナンナ女神の葦の標柱(リングポスト)が向き合って画面を区切り、左端には「ワルカの壺」によく似た形の1対の祭器と子羊が描かれている。手前にあるのは供物台か。
神殿の最高責任者がイナンナ女神の聖域で羊を飼育する図と解釈できる。リズミカルな構図、のびやかで写実的な表現のなかにシンボリズムが融和している、秀逸な作品といえよう。
ヘアバンド、顎髭、上半身裸体にキルトをつけた男性像は、エジプト先王朝期の象牙製ナイフ(ルーヴル美術館蔵)の浮彫りに登場し、注目される。ウルク文明の影響がエジプトにまで及んでいた可能性を示唆する例といえよう。
印章の上部には金属製の動物小像が嵌め込まれている。円筒軸にブロンズ製のシャフトが通り、ブロンズの羊の小像がつく。若い動物のうずくまる姿を見事にとらえた親指ほどの像は、失蝋法で鋳造されたメソポタミア最古の作例
という。
いったい何のために片側だけ動物小像がついているのだろう。このつまみを持って粘土の上で回転させても、均等に模様がつかないのではないだろうか。両側に付いていたとしても、形状が回転させるのに適していない気がする。手の平で転がしていたのかなあ。
羊の中央に小さな穴が空いているようにも見える。細い紐を通していたのかも。 スタンプ円筒印章と印影(底面は未彫刻) エラム中王国時代(前14-12世紀?) 出土地不明 緑色碧玉 1.9(2.3)X1.0㎝ 大英博蔵 
同書は、ハープ奏者を伴う儀式図。出土地は不明ながら瑪瑙や紅玉髄といった半貴石に彫られた一群の印章が現存する。異説はあるものの、一般にはエラム中王国時代の印章とされる。彫刻は細かく丁寧で、人物はみな似ている。従者を伴う女性を描く場合もあるので、宮廷用の工房の作品であったかも知れないという。
ハープ奏者の背後にはちょっと不思議な生命の樹が表されている。
こちらは削り出しで紐を通す穴を作っているので、持ち運ぶことを念頭に置いて作られたものだろう。
やっぱりこれも手の平で転がしていたのでは。 黄金製キャップに嵌め込まれた円筒印章 前1千年紀前半 シリア、ネイラブ出土 紅玉髄 2.8X1.2㎝ ルーヴル美術館蔵
印章面は聖餐図、キャップ底面は羊図。シリア、パレスティナからアナトリアにかけて、前1千年紀はすでにスタンプ印章主流の時代だった。だが円筒印章は楔形文字文化圏に接する地域で生き残り、スタンプ円筒印章の需要も少なくなかった。円筒印章の上下にかぶせる金属製キャップの流行は、こうした状況を反映するものと思われる。下方のキャップ底面に図文が陰刻され、円筒印章をスタンプ併用に変える利便性をもっていた。畝目文様のキャップは好まれたらしく、石や青銅の円筒の上下にこのデザインを模刻したスタンプ円筒印章がいくつも見つかっている。印章は線描技法を主体という。
体に光背のようなものがある神がテーブルの前に坐る。聖餐なので、テーブルの上には神の食事が置かれているのだろう。その上には有翼日輪が彫られている。神の背後にあるのは、蔓状のものがからんで妙だが、やはり生命の樹(ナツメヤシ)だろう。
こちらもつまみを持って回転させるのは難しそうだ。手の平で回転させると、粘土には金属の畝目文様も上下に現れただろう。 円筒印章 前4世紀 出土地不明 紅玉髄 印章可視部の高2.3㎝ ヴィクトリア・アンドアルバート美術館蔵
黄金の鎖付きキャップに嵌め込まれ、婦人と鷺の図が彫られる。アケメネス朝時代の印材としては玉髄が多く、瑪瑙も好まれた。円筒印章は比較的小さなサイズのものが多かった。
前4世紀には、円筒印章の命脈は絶えつつあった。円筒形の紅玉髄には一部分しか彫刻はない。画像部分を粘土に押し付けて捺印することがあったとしても、石全体を回転させる本来の機能はもはや求められていない。円筒印章は3000年の長い時間を生き抜いた果てに、その性格を変えてスタンプ印章に近づき、あるいは美しいお守りとして愛蔵されるようになった
という。
鷺が魔除けとしての意味合いがあったのだろうか。 円筒印章にはいろんなものが彫り出されたり、取り付けられているが、紐を通す穴以外には実用的ではなく、装飾的なものだたようだ。
円筒印章も役目を終えたら護符になってしまったのか。
『オリエントの印章』は、印章には財産を守る役目もあったので、持ち主にとってはお守りや魔除けのような御利益ももつようになった。実用本位の印章もあったが、宝飾品としての価値をもつものも出てきた。後者はめずらしい石や準宝石を素材とし、金の台が付いていることもある。ローマ時代には宝石の印材が好まれるようになり、彫宝品(ジェム)という名で知られる印章が作られたという。
印章を魔除けとしてアクセサリのように身につけていたのか。それが護符だけの役目となり、別の場所で、ずっと後の時代になると装身具になってしまったらしい。

関連項目

生命の樹を遡る

※参考文献
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」 (2000年 小学館)
「大英博物館双書 古代を解き明かす4 オリエントの印章」(ドミニク・コロン 1998年 學藝書林)