2009/07/31

スタンプ印章は円筒印章より早く現れ、後に復活する

 
ずいぶん前にNHKで放送された四大文明の番組に合わせて開催された『四大文明展 メソポタミア文明展図録』にはさまざまな印章とその印影が、会場のあちこちにひっそりと展示されていた。小さい物なので無理はないが。
同展図録は、スタンプ印章は、古くは粘土や蝋の小球・トークンの入れ物・ブッラに押して、中身を認証するのに使われた。スタンプ印章は、硬い石や半透明の玉髄のような宝石をカットして作るという。

ライオンの頭を象ったスタンプ印章 白色大理石 高2.6㎝長2.2㎝ メソポタミア ウルク後期(前3500-3100年頃)
新石器以来、幾何学的形状の刻印はメソポタミアとアナトリアで作られた。格子縞のモチーフはウルク期に頻繁に現れ、このスタンプ印章にも使われている。様式化したたてがみをもつライオンの頭部は精巧に彫ってあり、眼窩は初め違った色の石で象嵌されていたと考えられる
頭部は両耳を貫通する穴が空いており、糸を通してぶら下げることができたのであろう
という。
『オリエントの印章』には、オレンジ色の石に格子模様が彫られた先史時代のボタン印章が紹介されている。 イラン西部テペ・ギヤンで発見、前5000年頃、3.9X1.15㎝ 大英博蔵という。
格子模様は新石器時代以来長く使われたようだ。 牛を象ったスタンプ印章 大理石 高3.2㎝長3.6㎝ テロー ウルク後期(前3500-3100年頃)
ウルク期の印章はたいてい動物を象っている。裏には得体の知れない四肢動物を、えぐる道具で凹面状に彫りこんである。
前4千年紀にはこれらのスタンプ印章の押印機能は、石製円筒印章によって代わられた。もはや容器に押印したり扉を封印するのに必要でなくなったこれらの印章は、おそらく護符として使われたのだろう
という。
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、弓錐(ゆみぎり、ドリルの柄に弓の弦を巻き付け、弓を前後に動かしてドリルを回転させる工具)によって印材に丸いくぼみをつける技法はウルク様式の印章でも使われたというが、その弓錐で彫ったのが、このような「得体の知れない四肢動物」か。でも、護符なら仕方がないかも。護符なら紐を通して首から下げたかも。
この手動式ドリルを弓錐と呼んでいるようだが、木から火をおこす道具と同じ原理だろうと知り合いの爺さんに言われた、なるほど。 その後スタンプ印章は見られないが、前8-7世紀にまた出現した。

パズズ神の頭部を象った吊り下げスタンプ 釉薬のかかったファイアンス(石英フリット) 高4.2㎝長3.8㎝ アッシリアあるいはバビロン 前8-7世紀
両耳を貫通して穴が空き、裏側には武器を振るうこの怪物の全身像が彫られている。パズズ神は、アッシリア期に初めて登場する。彼は西風の息子であり、熱病の媒介者であるという。
これも魔除けのためにつくられたのだろう。 スタンプ印章:象徴の前の祭司 乳白色の玉髄 高3.3㎝長2.6㎝ メソポタミア 前625-539年頃
前9世紀以後、伝統的な粘土板に刻まれる楔形文字は、羊皮紙やパピルスに記されるアルファベット(単音)文字と競合して使用された。アルファベット文書はもはや円筒印章で封印することはできず、スタンプ印章が復活したという。
八角形のバビロニア大法官府の印章と同じ頃に作られていて、台座には同じようにバビロニアの守護神マルドゥクと、その息子で書記の神ナブの象徴である鍬と短剣が載っている。頂点には三日月も見える。 鴨形の鐶をもつスタンプ印章 エジプシャンブルー 高2.2㎝直径4.5㎝ メソポタミア 前625-539年頃
マルドゥクとナブの象徴の前で祈る祭司という伝統的装飾が描かれている。祭司の後ろには生命の樹を思わせる棗椰子の木があり、神シンの象徴である三日月が場面の上にある。
このスタンプ印章は青いガラス質の人工素材をカットしてあるが、この材料は当時めったに使われなくなったラピスラズリを模したものだ
という。
エジプシャンブルーは不透明な色ガラスのことだった。やはりこちらにも2つの神の象徴が表されている。 前7-6世紀にまた登場したスタンプ印章は護符だと思ったが、アルファベット文書にはスタンプ印章が押されたらしい。アルファベットが入ってきたために、前4千年紀に本来の役目がなくなっていたものが、3000年もたってから復活するとは。

穴のないスタンプ印章は文書用か。それらは持ち運ぶことがなかく、室内で保管されたのだろうか。


関連項目
生命の樹を遡る

※参考文献
「世界四大文明メソポタミア文明展図録」(2000年 NHK)
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」 (2000年 小学館)
「大英博物館双書④古代を解き明かす オリエントの印章」(ドミニク・コロン著 學藝書林)