当麻寺は20年以上前に行ったきりで、その時の記憶は、大和高田の町の軒をかすめるような狭い国道と、寒山拾得図の描かれた屏風を庭側から見たなあということだけだった。
今回は南阪奈道路の葛城インターから北上した。交通量の多い竹内街道の交差点を越えると間もなく当麻寺への交差点に来てしまい、そのまま左折してしまった。
ガイドブックを忘れたために、どこかに駐車場があったはずと思いながら、東大門まで来てしまい、左手の有料駐車場に車を置くことになった。ここまで来て、先ほどの交差点のところに駐車場があったはずと思い出した。たいした坂でもなかったので、そこに車を置いて、門前町の古い家並みを眺めながらここまで歩いてくれば良かったなあ。



同寺発行の冊子によると、當麻寺の創立については、伝説の霞につつまれているが、推古天皇の20年(612)に用明天皇の皇子が河内国山田郷に一寺を建て、丈六の弥勒像を安置し、萬法蔵院禅林寺を草創、 ・・略・・ 天武天皇9年即ち白鳳9年(681)2月15日に起工した。同16年に至って、金堂、講堂、千手堂、東西両塔その他ことごとく成り、 ・・略・・ 寺号を當麻寺と改めたということだ。





町田甲一氏が『美術ガイド奈良』で、かつてこの麓に恵心僧都源信が幼年時代を送り、静かな落日が二上山の山あいに沈むのを眺め、その体験が来迎思想、西方浄土思想普及となって大きな信仰展開をなしとげたという。その二上山下は、中将姫が美しくも華麗に織りなしたと伝える当麻曼荼羅のある当麻寺と表現した雰囲気とはほど遠いなあ。





関連項目
當麻寺展3 當麻曼荼羅の九品来迎図
當麻寺展2 當麻曼荼羅の西方浄土図細部
當麻寺展1 綴織當麻曼荼羅の主尊の顔
当麻寺で中将姫往生練供養会式
※参考文献
「當麻寺」 当麻寺発行
「美術ガイド奈良」 町田甲一 1979年 美術出版社
「石燈籠新入門」 京田良志 1970年 誠文堂新光社
※参考ウェブサイト
當麻寺の拝観案内境内をみわたす